2009年11月 9日 (月)

ベトナム

歴史の流れの中で、世界経済の中で、ベトナムというのはかなり今、注目すべき国だ。そのベトナムへの旅。

私のテーマは「私はベトナムを愛す事ができるか」というテーマだ。

行き先は、まずホーチミン。クチトンネルで学び(やはり本物はかなりリアル)、ドンコイ通りで買い物を(といってもコーヒー飲んだだけ)、サイゴン川で贅沢なディナークルーズ。

次にホイアン。世界遺産のミーソン遺跡(痺れるくらいの古代遺跡)と日本橋なんかも観ました。

要するに、70年代の日本。そんな懐かしい雰囲気を感じた。太陽にほえろのロケでもするんじゃないか、松田勇作でも出てきそうな雰囲気で、昭和という感じを受けた。

しかし、今一つ考えさせられるのは、この国が日本と同じ道を歩むことがいいことなのだろうか、という想い。公害先進国とも言える日本。道路はバイクの排気ガスでいっぱい。マスクをして走っている。渋滞が激しく、鉄道は無い。インフラ整備が遅れているのは明らか。しかし、古い革袋に新しい葡萄酒を注ぐような発展の仕方をしているのではないだろうか。この、今のベトナムを残してもらいたい、と思う反面、貧困な子どもたちと出会うと、どうもそう言い切れる自信も無い。

実際に体験した上で、私のベトナムを想像したい。

ついでに余談。松田勇作は40歳で亡くなった。先日命日というニュースがあったが、私は現在40歳。いつ死んでも悔いの残らないように毎日を生きたいと思わされた。。

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2009年10月30日 (金)

いよいよ明日

ベトナムへ。

本番はこれからなのだが、様々なアクシデントがありながらもここまで辿り着けた安堵感がある。

学び・・・様々な本が途中で終わってしまった。しかし、ベトナムの情報は乏しい。日本だけではないだろうなぁ。

ホテルでネットにつながれば、更新する予定。

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2009年10月23日 (金)

札幌ドーム

札幌に住んでいるが、札幌ドームで野球の試合は初めて。そもそもそんなにプロ野球が好きでないのに、なぜ行く気になったのか?私もよくわからないなぁ、と思いつつ行ったのだが、行ってみてわかった。高校野球の方がプロ野球より面白く感じる理由を。

「後が無い」試合。これに負けたら、次は無いという試合。そういう試合に魅力を感じるらしい。そういう意味で、今日の試合を見に行ったのであった。自分でも意識していない。

さて、野球を見る場合、私はどこかを応援しているわけではない。スポーツ全般において、高校野球もそうだが、負けている方を応援したくなる。だから逆転しないと面白くない。従ってたいていの試合は面白くない。逆転する試合が私好み。それが観たいと思うものだから、あまり強すぎるチームは好きでない。中学生の頃はアンチ巨人だった。

今の北海道は恵まれている。サッカーも野球も、本物を見ることができる環境がある。昔は巨人が円山で試合をやっていたが、小さいからホームランの打ちっぱなしみたいになってしまっていた。

さて、今日の試合だが、私好みでとても良かった。王手をかけているファイターズを応援する気は毛頭無い。ファイターズのリードで始まった試合だが、4回の逆転と、9回の追い上げは面白かった。

今日、札幌ドームは42328人を動員したようだ。

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2009年9月14日 (月)

レストランに想う

レストランで、スプーン・フォーク・ナイフがテーブルに一括して置いてあることが多くなった。つまり、店員がナイフやフォークを並べる手間を省いたということ。

ただ、気になるのは最近の新型インフルエンザ対応だ。

だって、これ前の人もつかったんじゃない?その人がくしゃみしてたらどうするの?一つのフォークを取る時にも触れるよねー。ここは神経質過ぎるところじゃないよね。自己責任の部分でもないよね。自己責任って言っても感染源はわかるわけがないから、自分で苦しむしかないよね。

ねー。ロイヤルホストって大丈夫なの?

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2009年7月 4日 (土)

歴史を読み解く

職場の歴史について語ることとなった。そもそも歴史とは何か?

検索すると、「現在と過去の対話」と出てくる。うーん、広すぎるような気がする。なんとなく、正解のようだが、しっくりこない。

ある人は車のバックミラーのようなもので、バックミラーがあって前に進む事ができるという。なるほど、と思う反面、しかし、歴史はバックミラーに映っているものは誰が見ても同じものではない。見ている主体が無いのだ。

歴史とは事実を連ねることではない。事実はいっぱいあるから。どの事実を組み合わせて、どういう意味を与えるか。それは私が与えなければならない。当然、そこにはバイアスが生じる。バイアスが生じるのを前提にして歴史をひも解く必要があるのではないだろうか。

文科省主導の歴史の教科書。バイアスが無いものを作ろうとするが、バイアスが無い歴史の教科書あり得ない。何でこの人が偉いの?何でこの事件が重要なの?そういったことは長期的に見たときに意味を与えているがゆえに判断できていることであって、ある時代をスライスして、その事件が重要だと認定はできるわけがない。バイアスは避けられない。

バイアス-いい意味で使われる事が極めて少ない可哀そうな言葉。でもいいじゃないか。バイアスがかかっていないことがいいことと、誰が決めた?「私の意見はバイアスがかかっています」と言って何が悪い?大いにバイアスのかかった「歴史の意味」を語り合えばいい。

語り合うことによってしか、バイアスは消えない。

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2009年5月 4日 (月)

初乗り

kawazaki ZXRⅡ。3月に乗った時もあったが、最近はGWに入ることが多い。距離は50kmほど。長袖Tシャツに革ジャンだったのだが、北海道とは思えない暑さ。中央区は20℃くらいあったらしい。

とりあえず記録っと。

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2009年4月12日 (日)

イースターおめでとう!MAGNIFICENT

と、クリスチャンは今日、挨拶します。

キリスト教は、イースター・ペンテコステ・クリスマスを特に大切にしている(私はこれに宗教改革記念日を加えているが)。その中で信仰を考える上で最も大切にしているのはイースターです。

イースターはイエスの復活をお祝いする。復活は蘇生ではありません。復活は昔話ではありません。このイースターの意味をよくわからないまま、クリスチャンとして過ごしている人も少なくない。(正直、唖然としますが・・・。)

さて、今日、ここに記述しようと思ったのは、イースターという日に、U2の曲を連想したので、U2の歌詞について触れたかったのです。最近出した「NO LINE ON THE HORIZON」というアルバムの中に収録されている「MAGNIFICENT(壮大な、豪華な、すてきな)」という曲は一番好きな曲なのですが、この詩がイースターに相応しいだろうと思ったから。

サビは以下の歌詞となる。

Only love,only love can leave such a mark. But,only love,only love can heal such a scar.

これに対して訳は

愛だけが、愛だけがそんな痕を残すことができる。けれど愛だけが、愛だけがそんな傷を癒すことができる。

矛盾しているような詩なのだが、これがイースターの根幹であると思っている。矛盾したことが真理を示すことってあるでしょ。

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2009年3月 7日 (土)

東京

あまり体調が思わしくない中、激風の千歳を発ち、東京へ。研修会参加のためだが、今回は自腹。様々な本は読んでいるが、教育実践については疎くなっている不安があり、観念的ではない刺激を求めてやってきた。

研修会自体は明日なので、どうなるのかはわからない。その評価は明日にとっておこう。

ただ、この時期の宿泊予約は難しいらしい。二次試験、下宿探し云々・・・と予約は困難を極めた。そこで今回宿泊しているのはリステル新宿というホテルだが、結構やばい。フロントは中国人らしく、あまり話が通じない。雇用形態が変わっているのだろう。フロントで流暢な日本語が話すことができないというのは終わっている感があるのだが、やむえない。このレベルのホテルは久し振り。ある意味、冒険です。

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2009年2月20日 (金)

ポルポト

気になる記事であったのがポルポト政権(ポルポトと言っているのは日本で、クメールルージュ)の拷問・虐殺公判。キリングフィールドを観たばかりだから、かなりタイムリーだ。

徐々に明らかになっていくことは、申し訳ないが「興味本位」で関心がある。あのガラス張りというのも、庶民の気持ちの象徴だ。しかしショックなのは彼が数学教師だということ。日本も戦時中は教師が狂った・・・何なのだろうか?何がそうさせるのか?

10年後に現在を観たら、同じこと(教師の資質)を思っていたりして・・・と自戒するのであった。

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ラポートトーク

NHKの視点・論点で言われていたことだが、オバマと麻生の違いはレポートトークかラポートトークか、ということにあるという。非常に興味深い分析だな、と考えさせられた。

麻生は「私が決める」、オバマは「Yes,we can!」と主語が異なる。
これを聞くと、私を私たちに機械的にすればいいと思いがちだが、違う。話している内容の主語が私たちになっているということだ。これは相手を輝かせる言葉らしい。

オバマが世界が望んでいるリーダーであったのかどうかの判断はできない。アフガンの判断が今の限界なのか?と疑問に思うこともある。しかし、彼の語った言葉が人を巻き込んでいく力を持っていたことは確かだろう。

私もラポートトークを意識したい。

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2009年2月12日 (木)

台湾から中国へ行くにはパスポートは必要なのか

台湾の勉強をして素朴な疑問がこれ。

もし必要なら中国は台湾を国と認めたことになる。もし必要無いのであれば、台湾では誰がパスポートをチェックするのか。

これは職場で色々な人に訊いたら、色々な答えが返ってきた。結局正確にはわからないというのが正直なところだったのであろう。

で、率直にネットで検索してみると、未確認情報として以下のサイトがヒットしました。やはり複雑なようです。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311824538?fr=rcmd_chie_detail

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2009年1月26日 (月)

誕生日

40歳の誕生日であった。

40歳というのは何なのだろう?こういう年齢を一つの節目としたいが、たかが数字という想いの方が強い。本当は大したことではないことかもしれない。

実は、私は3年周期で転換期が訪れる。最近の転機は2年前の知の転換ということは実感しているのだが、ここ最近は知の転換から知の拡大へ手を伸ばしつつある。これは一つの転換かとも思うが、この知の拡大が臨界地点に達しなければ、次の転換が起きないような気もするので、あと1年くらいで転換が起きそうな気がする。

これまで生きて来て、今、立っているその地平を眺め直して、驚いてしまうことがある。今まで歩んできた道が曲がりくねっているのにも関わらず、結局は迂回しただけで、スタートしたときに観た方向に向かっていたり、予想以上に高い地平に達し、世界を広く眺めることのできる地平に辿りついていたりする。

それには支えられてきたことによって気付かされたことは多い。

今年からは、年も年だから、支えられるより、支えていくことができるように精進したい。

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2009年1月 9日 (金)

悩みを抱え続けること

受験指導をする場合、合理的・効率的に科目の絞り込みが行われる。国公立の一般受験ならば違うが、推薦や私立大推薦・私立一般受験というと、得意科目しか学習しないという環境を生み出す。

個々の特性に応じて、このような絞り込みはあり得るのだが、これが、全国一斉に行われると国家的な問題になる。

そもそも、学習は「私の知っている世界」から隔絶されていた、未体験の「新しい世界」と向き合うことである。不得意科目となりやすい数学や物理学、英語というものはその最たるもの。その「新しい世界」が理解できる・できないに関わらず、人として向き合わなければならない。「理解しやすい世界」は既に観た世界で、それだけを学んでいくことは、本人にとって何ら新しくも何ともない、視野の広がらない学びにしかならない。そこに本来的な喜びは無いものと想像できる。

 

つまり、「不得意科目」とは私(あなた)の「新しい世界」なのだ。

 

分かりやすいことは必ずしも人を成長させない。理解しがたいことこそが人を成長させる。だから、不得意科目、理解しにくい分野は自分で抱え込みながら歩むことこそが成長となる。

新しい価値観や文化というものは生きている中で必ず出会うものである。私でもバブル崩壊、ITイノベーション、金融危機などなど世界が転換する瞬間というものがあった。それを受け止めるまでに社会は時間を要するが、自らその転換された価値を掴み取りつつ、その文化を理解する必要がある(一方で、理解することは同意することではない)。

理解しやすい教材しか学べないーこれは理解しやすい人としか関わらない人となる。多文化共生社会の多文化の中では生きにくく、共生することは不可能になり、究極には「引きこもり」という結末を迎えるのではないだろうか。常に開かれた世界で共に生きることこそ、必要な資質であろう。

 

合理的・効率的に私(人)を育てることは、悩みや葛藤を抱え続けることなのかもしれない。

 

ちなみに、「不得意科目=新しい世界」について述べたが、これは社会人の「苦手な人」にも当てはまる。

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2009年1月 6日 (火)

余暇をどう使うかというのは人格を試すテストである

年末年始休暇も終了します。仕事は学園新年礼拝から始まります。

今日のタイトルはエルバート・ハバードというアメリカの教育者の名言・格言だそうだ。

http://becom-net.com/wise/eruba-to.haba-do.shtml

私はどうだろうか?果たして人格は大丈夫なのだろうかと悩んでしまう。

読書の目標を掲げていたが、ノルマは達成できていない。ノルマは5冊を想定していたのだが、3冊で打ち止め。上まで読んだ「罪と罰」も下が進んでいない。「空は今日も青いか?」も三分の一でストップ。それは、三国志の漫画に手を出してしまったからでもある。これまた中途半端に14巻で打ち止め(あと16巻)。ただ、教育と経済の新書を読んで、この2つが接続していった、つながっていったことは私にとって大きかった。

映画ももっと観る予定だったのだが、3本で終了。ローリングストーンズ、K21もと思っていたが、前述した漫画も含めた読書に費やした。

ワードロープの整理。これはバーゲン時期には必ずやるのだが、新規購入はしても廃棄の決断には至らなかった。必要なのは仕事用スーツの整理だが、スーツの廃棄は勇気が必要。うううむ・・・。バーゲンでは仕事着しか買わない。普段着はどうでもいい。というか着て行く場所もそんなに多くない。喫茶店や映画館に行くために着飾る必要もない。仕事着は信用にかかわるのでお金をかけることにしている。そういう歳になってしまったということでもあろう。今月で40です。今、買い換えた方がいいんだろうなぁ、と思っているのはパソコンと車。でも買わない。

やり残しの仕事を処理することも中途半端であった。ビデオ編集があったのだが、まだ終了していない。研修会の基調報告の論述。これは本を読み終えてからでなければ手を付けない方がいいと思い、今日までひっぱっていたが、ようやく今、原案完成。

年賀状は今年は雑になった。全員にコメントを書くのが普通だが、デザインも内容もありきたり。コメントは書けなかった。遅れてもいいから全員書けばいいじゃん、って思うかもしれないけど、できるだけ元旦に届いてもらいたい、届かないと目上の方には失礼な感じがするので一晩で書き上げた。毎年年賀状は、170枚前後なのだが、今年は220枚を超えた。おかしい。担任を持っていて170枚前後であったのに、担任をもっていないのに220枚強。もうそろそろ印刷を外注した方がよいのかもしれない。今年の年賀状を200枚しか買っていなかったので、昨年度の年賀状に急遽印刷して投函(もらった人は驚くだろうなぁ、去年のお年玉付き年賀はがき)。で、手書きで住所と宛名を書くのがポリシーなんだけど(実はパソコンで印刷してある住所と宛名の年賀状を貰うのは好きじゃない)、そのポリシーも限界かな。住所と宛名書くだけでギブアップしてしまった。

料理も長期休暇には気分転換に行う。毎年、引越祝いにもらったオーブンを利用してお菓子を作るのだが、今年はダメ。オーブンはスパイシーチキンを創って終わり。あとカレーとビーフシチューを創って終わり。大した料理はしなかった。勿論、おせち料理なんて作れないから作らないし、挑戦もしなーい。

結局、どれも時間が足りない。2008年は、休暇が不足していた。今年度初めてゆったりと何日も休めた。特に11月のマレーシア・シンガポールから帰国して、クリスマスまではひどかった。この23年の中でこれだけ忙しいクリスマスは初めて。そんな多忙をこなしていっただけに、この年末年始休暇は、欲張って色々なこと考え過ぎて、どれも中途半端になった。

不満は無いが、達成感も無い。やっぱり人格を試すテストは不合格か?

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2008年11月 1日 (土)

オーサービジット

昨日、待ちに待ったオーサービジットが終了しました。準備に右往左往しながら、ややくたくたになった一日でした。

DVD編集も終え、繰り返し見てみると、やはり高校生には刺激的な授業であったことが何よりも喜ばしい。最終的に医療倫理に突入したことも本校的にベストであったと思う。

もう一つは、ライターと話をしているとライターというのは語彙が豊富だが、言葉が多いということだけでなく、豊かな感性も備えていることに驚いた。やはり、言葉が豊になっていくことと、心が豊かになっていくこととは別とは思えない。心と言葉が関係づけられて、はじめて人となるのではないか、そんなことを考えさせられた。

私もことばを豊かにしたい。

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2008年9月23日 (火)

個人情報

http://www.japancm.com/search/2_13_dousoukai.php

こういうサイトがあるのだが、許されるのか!?

訴える準備が必要だ。

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2008年9月 1日 (月)

銭湯を道営に

近所の銭湯が2つあったのだが、1つ減り、1つだけある。このことに疑問がある。

銭湯は非常にエコロジーなシステム。これをなぜ道営して無料にしないのか、不思議に思っている。散々、将来的に未知数であるエコロジーにお金を投じるのだが、「水」というエコロジーを考えた時、洗濯と水洗トイレ、そして風呂の水をどう節約するのかが一番の課題だ。

そのとき、札幌市内だけでも、独身生活をしている人たちの1割を集めて銭湯へ引き寄せれば、かなりのエコロジーとなるのではないだろうか?なんで銭湯が潰れていくのを高橋はるみは見過ごしているのだろう?

かなり詰めて考えると、小学校の近くに(小学校の数だけ)無料の道営銭湯をつくったらいい。

まず、高齢者が集まる。それは土日だけではなく、平日も。無料だから金の無い学生、単身者も集まる。しかも、そこは公民館的要素を加えて人の流通を激しくさせる。これはペイするかどうかではない。

核家族化が進み、地域コミュニティが崩壊し、不況下で格差が広がる今の日本に必要なのは都道府県営業の銭湯が突破口となるのではないか?

なーんて、思いつきのつぶやきでした。

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2008年7月15日 (火)

林竹治郎

今日は、同僚の親族が亡くなられたということで、通夜へ参列。古平という余市から積丹に向かって少し奥のところに「禅源寺」というお寺がある。そこでの通夜であった。

行く前に場所を、と思って調べてみると、かなり古い。1858年に設置されている。その古さもあるが、それ以上に五百羅漢という油絵が飾られていることに興味をひかれた。その名の通り、500人が描かれているそうで、この絵は、札幌南高で美術(図画)教師をしていた「林竹治郎」というクリスチャンが描いたもの。クリスチャンであれば誰でも知っている「朝の祈り」を描いた方(これは北海道近代美術館で展示されている)。なぜクリスチャンがお寺に掲げる油絵を描いたのかはよくわからないが、一見の価値あり、ということで葬儀というのに私は、お寺の歴史と油絵に興味をもって行ったのであった。

実際に行ってみると、圧倒される迫力である。建物はやはり古く、冬は寒いだろうなー。なんて思いながらも、やはり油絵の数はすごい!

1920年に絵を依頼され、1939年に完成。約20年をかけて描いている。単純に、1ヶ月に2人以上を描いていたことになる。その精力的な活動にも圧倒される。そしてその当時油絵というものもかなり珍しい。

さらには、クリスチャンらしい苦悩として「神は何億という人を皆違えて作り給うのに、おれは百や二百で行きづまるのか」と漏らしたことが記録されているという。なるほど、神はこれだけ違う人をつくり(認め)、生かしていることは、不必要な人なんて1人もいなく、人がはかりきれない、想像しきれない、壮大な計画があるに違いない、と改めて思った。

日常から一歩離れて、歴史の中の私を感じる時であった。

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2008年7月13日 (日)

多忙化

ひどい。

多忙すぎる。限界に到達した。

先週は、日~月に徹夜。水~木に睡眠時間は3時間という日が出現した。熱いわ、眠たいわ、仕事が消化しないわで散々。

この仕事が消化していない現象だが、殆どは私の仕事ではない。同僚のアシストをしているのだが、アシストしているうちに相手が寄りかかってきてしまうことがある。それが重なった週であった。

そのために、本が読めない状況が発生している。本を読まなければ精神衛生上良くない。他者に耳を傾けていく気持ちが作られていない、構えられていないからだ。

吸収する気持ちと吐き出す気持ちがある。吐き出すばかりになってくると心の状態は悪い。どうに次週は取り戻したい。

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2008年5月 7日 (水)

硫化水素の作り方

タイトルがおかしいのだが、それを述べようとは思っていない。事情あって意図してつけた。

硫化水素自殺が相次いでいる。自殺については心痛めることであるが、この間のマスコミの動きが一番おかしい気がする。マスコミが掻き立てるほど、自殺が増えるのではないかと思う。

そもそも、この騒動、この事件だけが独立していないように感ずる。それは、映画「靖国」と意図してか、意図せずか、リンクしていまうことが気にかかる。映画「靖国」ではネットで騒がれたこともあり、「表現の自由」が侵されたとして、表現の自由を主張する世論が強くなった。それは最もであろう。しかし、ここにきて、「硫化水素の作り方がネット上に記載されている」ことから、果たしてネット上での「表現の自由」はあるのか?という論議から、「表現の自由」など無い、という意見まで出てきそうな、その世論の動き方には慎重に耳を傾けていかなければならない。

「表現の自由」をどう観るか?硫化水素の作り方から、何をどこまで表現・記述できるのかということのガイドラインが引かれそうだが、便乗した表現の自由制限というのも生じるかもしれない。誹謗中傷の自由は無い。しかし、批判する自由はある。その線引きは何処に?

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2008年2月15日 (金)

懇親会

本日は学年のPTA懇親会。久々に自由な楽しい会話ができたと感じた。教師にとって、保護者と通じ合う、その瞬間というものは、とても楽しいし、意欲的になれる。

現在の市場原理、新自由主義が広がる教育界では、保護者を「消費者」として捉える。そして私たち教師はサービスを提供するという職業として強引に位置付けている。文部科学省は意図してか、意図しないのかは測りかねるが、学校評価制度を教育現場に持ち込ませ、消費者とサービスの提供者という位置づけを教育現場に導入してしまった。

不適格教師という言葉に象徴される「保護者による学校や教師の選別」、モンスターペアレンツという言葉に象徴される「教師による保護者の選別」が広がっている。互いに相手を選別している。相手を差別・選別する中で共に歩むことはできない。これは生徒や保護者を消費者と位置づけていることから生じる歪みだ。

保護者は「消費者」ではない。「教育のパートナー」なのだ。そういう位置づけをしたならば、「不適格教師」や「モンスターペアレンツ」という言葉は生まれてこないはずなのである。「教育のパートナー」と互いが位置づけられたなら、「学校評価制度」は必要が無い。普通に交流していれば、互いの想いを理解しようと互いに歩み寄り、「学校評価制度」なんてものは必要が無くなる。強制して制度化することからは歪みが生じるし、その「不信」スパイラルからは抜け出すことはできない。私たち教師は「モンスターペアレンツ」という言葉も使ってはいけない。

以前「あの人と和解する」という本のコメントをここで述べたが、互いに「相手が何を要求しているのか」という話し合いを進めていくことができたなら、そこに衝突は起きない。

そこに共に歩んでいく「共育」が存在する。

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2008年2月11日 (月)

2・11

本日は「信教の自由を守る日」である。

生誕初、2つの集会に参加してきました。

午前中は、ジャーナリストである斉藤貴男氏の講演。この会は組系の方々が多いので労働ということも意識されている。斉藤氏の本は何冊か読んである。彼は10人委員会のメンバーでもある。一度は聴いてみたいと、かなり興味深く参加した。講演内容は、これまで本で読んできたことが5割、あと5割は最近の情勢も絡めての話。軍・経済・政治・教育という4分野にわたって100分以上の話だった。すべてのつながりを話したかったのでしょう。テンポよく、時間を感じさせない講演でした。本で読んだのと、思ったとおりの人で安心しましたし、勇気ももらいました。

午後は、宮城学院院長の深谷松男氏の講演。こちらはキリスト教系の集会となるので、しんこうの自由が中心となる。講演内容は大学講義に近く、少々退屈はした。こういう人の話は講演よりも文献の方が私は頭に入る。あまり実演しても意味が無いのではないか・・・と生意気にも思う。ただ、その中でもはっとさせられた言葉はいくつかある。①悩むことに意味がある、②尊厳ということをフィードバックし、すべての人の尊厳、③固有の基本的人権、④国と国家・・・などであった。説明すればきりが無いのだが、これらの言葉は私の現在の研究テーマにヒットするものであったということでもある。

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2008年2月 9日 (土)

過激なお仕事

愚痴にしかならないのだが、仕事量が半端でない。

1つは通常業務。具体的には次年度に向けた今年度の準備だが、これも今年初の業務なので見通しが簡単につけられるものではない。そのために、多少のストレスはかかる。

2つめには欠員補充の業務。これはやったことがあるので見通しが無いわけではないが、他方の業務が終了しなければ、こちらが進まない事情があり、独立して完結できない仕事なだけに部分的に修正することとなり、終了しきれない。

3つめには次年度準備。これも新しい体制の中での業務なのでなかなか見通しがつかない。同様の体制であれば、どしどし進めていくのだが、そうもいかない。そこが葛藤となってしまう。

また、今年度の取り残し課題をできるだけ消化させていかなければならない。これは私の業務ではないのだが、いずれにしても次年度責任をとるのは私だからやや仕方ないと腹を括ってやらねばならない。

さらに、将来ビジョンの課題。冬休み中はこの点に絞って思考できたのだが、今現在は全くの手付かず。そろそろ具体化をしなければならない。

あと、ユニオンの業務。これもまた、なかなか見通しが持てない。相手があることなのですっきりとしないのが実情。

こういったことで、自分を高める読書も進んでいない。読みたい本が積み上がっていくばかりだ。何かで切り替えをはかりたい今日この頃である。ぐちぶろぐでした。

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2008年1月28日 (月)

Birthday

バースディといっても映画「リング」の続編ではありません。私のバースディです。この3日間について、不思議な三日間でしたし、驚きの三日間でもありました。

26日・土曜日は誕生日だったのだが、私自身は、あまり感謝もせず、だからと言って女性のように歳を増し加えていくことを嫌悪しているわけではない。しかし、私が私自身の中で一つの区切りとして覚えることであって、何かをこの日に刻み込まなければならないと考えているわけではなかった。

しかし、不思議なもので色々な方々に覚えていただいて、声をかけてくださったことによって心境の変化があった。この心境の変化を生み出してくれたことに感謝したい。

まず前日、25日金曜日。

  • 大学時代の友人よりメールで「誕生日おめでとう」と。これにはびっくり。千葉県から札幌に来てからというもの、誕生日に連絡をもらったことなんてなかった。覚えていただいていることに感謝。

次に、26日土曜日(誕生日当日)。

  • 教会の牧師夫人からのメール。朝、真っ先にくださったことで、「あー誕生日なんだなぁ」なんて感じたりし、そういうきめ細やかな配慮を教会の一人ひとりにしてくださっているのだなぁ、と牧会の働きに感謝を感じた。
  • 初めて担任を持った生徒からmixi経由でのメールが2人。1993年度に担任を持ったときの生徒がmixi経由であっても覚えてくれ、しかもその頃のことを思い返しつつ、メールをくれたことには感激。
  • 葉書きが届く。母親からです。母はいつもいろいろな人に手紙やカードを送っているが、息子である私にも、きちんと当日着になるように送ってくれていたようだ。その当日着を意識した母親の想いも誕生日カード以上にうれしかった。

さて、27日の日曜日。

  • 教会にて、真理ちゃん(子ども)から「おたんじょうび、おめでとう」とクッキーをもらいました。本当に抱きしめたくなる。できれば養子にしたい(笑)。お母さんの配慮と真理ちゃんの純粋なおもいやりに感激です。
  • 夕刻には、前からメールで言われていたのだが、地方で働いている2人の2000年3月の卒業生が来校(学校で待ち合わせ)。今日、社会福祉士と介護士の国家試験のために札幌に来たとのこと。その試験が終わり、会いに来てくれました。それも誕生日プレゼントを持って。教師としては、来てくれる、それだけでプレゼントなのですが、気遣ってくれるその気持ちが嬉しい。そのあとは、札駅周辺で食事をしましたが、そのときには「きのとや」に勤めている卒業生も駆けつけてくれました。寂しい独り身の元担任を気遣う卒業生たちの気持ちが痛い。

と、今年の誕生日は不思議なことが次々に起こり、ただの通過点だと思っていましたが、たくさんの人に「おめでとう」と言われる度に自覚もでてくるものですね。大きな節目となりそうです。39歳ですが、39年という期間を見守ってくれていた両親に感謝。また、ここまで導いてくださった神様に感謝ですね。

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2008年1月23日 (水)

対象化?

って何?知ってますか?「対象化」をネット辞書で調べると・・・

  • (1)あるものを認識するために、一定の意味を持った対象としてはっきり措定(そてい)すること。
  • (2)自己の主観内にあるものを客観的な対象へと具体化し、外にあるものとして取り扱うこと。反省。

ふむふむ、なるほど。しかしこの「措定」って何?というと

  • (1) S P である」「 A が存在する」というように、ある命題を端的に主張する働き。事物の存在を肯定したり、その内容を明瞭に示すこと。定立。
  • (2)推論の前提として、とりあえず肯定された、いまだ証明されていない命題。定立。

ならば「定立」って何?ってことになる。

  • 何事かを肯定的に主張すること。また、そうした判断・命題。カントの二律背反では定立と反定立との矛盾は解決不能とされるが、ヘーゲルの弁証法では定立を出発点として矛盾は止揚される。措定。正。テーゼ。

テーゼというと分かりやすいか。しかし対象化(1)の「措定する」というように動詞になるとよくわからないような気もする。(2)の方が理解しやすいか。

しかし、「対象化」には以下のような理解もある。

  • 「外化」つまり、人間の内部のものを、外に出すこと。
  • 意識するものとされるもの,知るものと知られるものを明確に分離すること。
  • 自分と他とを明確に分け、自分が他を「対象」としてみるというプロセス。

なるほど。やや理解が深まったように思う。

ただ、「今日の会議」の問題はこれが「客観性」と接続することだ。客観性とは客観的であること。「客観的」とは・・・

  • 個々の主観の恣意(しい)を離れて、普遍妥当性をもっているさま。
  • 物事を進めたり、語るときに、事実、現実を保ち、主観を排除すること。

なるほど、なるほど。主観から離れるわけだ。忘れていたが、客観性とは、「事実」とも言えるから科学することとも言える。客観的な物差しーそれが科学的と言われるものだ。だから、主観から離れなければ客観性は無いことになる。当り前のことだが、当たり前でもない。それが小論文となれば、なおさらだ。

主観から離れるとオリジナリティがなくなる。論文がオリジナリティの無いものを求めているか?求めているわけはない。そんなの論文ではない。

オリジナルを外に晒すこと、これがオリジナルを磨くということであり、対象化ということなのではないか。

今回の会議で提案されたものは「対象化」という言葉が相応しいことはわかった。しかし、客観性を求める、というのはおかしいことになる。対象化と客観性を一体化させることは矛盾ではないか。

さて、ここまで深めなければわからないことを簡単に了解してしまうのも問題だが、わかってて出てきた文書なのか、わかってないで作った文書なのか、それが大きな問題だ。

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2008年1月17日 (木)

危機感!?

さて、本日はこの半年間の集大成となる提案を行いました。果たして伝わるのか?という点が非常に不安でした。言葉というものの価値を改めて感じた、今までとは異なる提案でした。

気持ちが響く人と響かない人がいます。ここは頭で理解するより心で感じなければならないところもあります。具体的な点にだけ捉われると誤解しますが、それはこちらの責任でもあります。すまん!

しかし、その中で気になったのが、生徒分析にあたる部分。「危機感がない」という評価。少し違うなぁ~、と。この違和感は何だろう?って考えました。「危機感」は「緊張感」とは異なる。「緊張感」は必要だが、果たして「危機感」って必要なんだろうか?今、私は必要無いという結論に至っている。

市場原理主義社会の中で、危機感を煽っていく政策が次々と打ち出されています。危機感って必要ないし、危機感が人を幸せにするわけではないと思う。危機感が無ければ動かない人を求めてはいない。危機感が無くても意欲的に生み出していく人こそが求められる人材だし、本人の意思で生み出しているのだから、幸せだと思う。

では、何か?「意欲」だと思う。ニュアンスの違いではない、根本的に意味が違う。私たちは「危機感を煽る教育」から、「意欲を引き出していく教育」へ転換しなければならないのではないでしょうか。

それは私たちに置き換えていけばわかる。教職員の仕事の成果に対し、「危機感が無い」といって煽るのではなく、合意形成しながら、自分の役割を自覚にし、集団の意欲を引き出していく。

そういう人間の在り方に対する哲学が問われている。

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2007年11月22日 (木)

研修4_京都

いよいよD高校へ踏み込みました。敷地は広い!施設と運用は意外や意外!公立単位制高校みたい。大学の財力をもとに金を注ぎ込んでいる(だけ)と感じた。魅力は施設。教育内容は公立と変わらない。

どうもわからなかったのは、何をポリシーにしている高校なのか、ということ。勿論毎朝礼拝があるし、チャペルもでかい。さすが、日本を代表するミッションスクールだ。しかし教育の中身は・・・?全く見えなかった。がっかりだ。

やはり大学を中心とした学園は、教育理念を「現代」に具体化する力は失われてしまうのか?、取り上げられてしまうのか?

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2007年11月21日 (水)

研修3_京都

本日の研修は「講演」が2つと、「分散会」。

講演1:木村孟氏の講演。彼は中央教育審議会・副会長。「新学習指導要領の方向について」と題して、今回の答申の意図についての説明だ。しかし、その辺の本に書いてあるデータや論理が多く、斬新さは何もない。また、公立のことを考えているので、私立のことは全く眼中にない。土木工学者だから、まあ、教育が専門ではないので、その程度ということで聞き流す。

講演2:野原明氏。私学の教育課程研修会専門委員会・委員長。NHKの解説委員を務めたジャーナリストであったが、現在は文化女子大付属杉並中学高校・校長だ。話は講演1との関連で「私学を取り巻く状況と学習指導要領の改訂」と題しての講演。しかし、異例中の異例とも言える発言で、講演1を否定する話から始まる。公立だけを見て学習指導要領を改訂する、という意図を持って私学を従わせるという、何とも自分勝手な国の政策に相当頭に来ているらしい。しかし、この会の企画・運営を考えると大丈夫か?と思わされる。

分散会:全体で150名ほどの参加の会だが、それを30名程度に分割した分散会。各学校が新学習指導要領に対応して、様々な動きを見せていることがよくわかる。土曜日の利用方法、大学との連携、時鈴の設定、カリキュラムの全体像など。中教審が発表してしまった今、こういった準備に時間をかけなければならないのかもしれない。

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研修2.5_神戸・京都入り

再度京都入りしました。今年3度目、研修2度目。ホテルの到着は日付が変わりました。

さて、今回の京都入りは関空ではなく、神戸空港から入りました。神戸空港は関空と違い、ローカルな雰囲気でした(BMWのわけのわからないオブジェがありましたが・・・)。そこで三宮まで出て、そこから京都に乗り換えとなるのですが、せっかく神戸入りしたのだからと、三宮でやっと夕食。PCカンファレンス2004でY氏と共に研修に参加したことを思い出しました。あのときは、まだ空港ができていませんでした。

夕食後、11:13の阪急電鉄に飛びのり、十三で乗り換え、烏丸まで来ました。烏丸到着時点で日付は変わっていました。

しかし、この烏丸周辺がネック。ここから歩いてなんぼのところにホテルはあるのだが、0時過ぎに迷い果ててしまった。結局は、コンビニで聴いて到着。

果たして、無事研修を終えることができるのだろうか・・・?

Koube

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2007年11月18日 (日)

研修2_長野

本日は、「ありえない」ビジネスホテルを後にして、5時起きで上野駅へ。6時半発の新幹線に乗り、佐久平には8時前着。意外と佐久平は寒い。札幌よりも寒い。風の冷たさが違うのだ。

しかしながらここから9時半までの時間のつぶし方が難しかった。どこの店もやっていない。8時開店のモスを待ち伏せするが8時には開店せず、3人で寒さを凌ぎ、8時10分にやっと入店。ここで1時間半を過ごすこととなる。ちなみにT氏はここでスーツに着替えた。また、彼はなぜか靴を3つ持ってきていた(上靴+革靴+スニーカー)。

タクシーで約20分。代金にして4500円で念願の望月高校入り。どんなすごい学校かと思いきや、やはり田舎の公立。施設は十分ではない。教室は「石油ストーブ」であり、ストーブ当番なるものまで教室に書いてある。

授業は・・・英語と化学。何となく眺めてしまうと何てことは無い普通の授業のように見えてしまう。佐藤学の本を読んでいなければ、この授業の狙いが何かを見失ってしまうのだ。

これは余談だが、昼食を食べているとき、T氏の言動に度々驚かされる。うちの職場と同じ行動パターンなのだ。本人も無意識。周りが苦笑いしつつも和んでいたかな?

午後は佐藤学氏の講演。これは本に書いてあることを話しているだけなので、大きな刺激ではなかったのだが、その後の授業研究での切れ味はやはり鮮やか。様々な意見を出し合いながら、授業の分析を深めていく。こういった分析をし合うことができたなら、各々の教育力は高まっていくのだろう。

最後までは参加できなかったのだが、今日もかなり刺激的な一日であった。堀川高校と望月高校。この両極端を眺めながら、今後の展望を語りつつ札幌へ向かう。帰宅は23時半。ハードだったが、有意義な研修だった。

Mochizuki

Ueno

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2007年11月17日 (土)

研修1_京都

怒涛のような移動日を経て、今日は京都市立堀川高校で研修。

すごい!500人を超える参加者数。1校の実践研究にこれだけの人が来るだけでもすごい!全体会では校長が「京都という土地柄、二兎を追わなければ評価されない」という言葉が印象的。

で、まずは探究科目の説明を1時間受けて、その後数学の研究授業に参加。午後からは教科ごとの分科会であった。やはり行きつくところは人間教育であり、学びあいとなっている。確信を持つと共に大いに刺激された。T氏もF氏も同様のようだ。やはり研修で自分に刺激を与えていくことは人間を変えていく。

さて、その後、新幹線で東京入り。そして上野へ。

ここ上野では、知りたくもないS部で合宿をした噂の「小松」をT氏が案内してくれ、上野のローカルな部分を見ることができた。

明日は6時半に上野を出て長野へ向かう。いよいよ「学びあい」のパイロット校である望月高校の視察となる。さて、どんな刺激が待っているか?

Horikawa_2 

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2007年11月16日 (金)

研修0_京都入り

怒涛のような強行スケジュールの1日目です。今日は、とにかく京都入りを目指す。

19時新千歳空港発・関西空港行きで、21時過ぎに関西空港入り。

JRに乗るまで時間があったので、関空で遅い夕食。どの店も21時半から22時に閉店するらしく、それほどの選択肢も無い中で、ダイニングコート「町屋小町」内の明治43年開業と銘打つ「せんば自由軒」で注文。しかし、しかし・・・これは下手なドライカレーよりも不味い!食えないというわけではない。しかし、何のアクセントもないままのっぺりとしたカレーピラフらしきものなのだ。皆が無言で後悔した。それでも私はフライとのセット、F氏は福神漬けがあったので何とかなったが、T氏は福神漬けも片付けられてしまい、何のアクセントも無いカレーピラフらしきものを悶々と食べきったのであった。

その後、不満を持ちながら特急電車にゆられゆられて京都入りが23時半。そこからタクシーで15分ほどのところに目的地のホテルがある。結局、12時にホテルの一室でやっとのこと落ち着くのであった。

疲れた。こんなスケジュールにしなきゃよかった。

京都は暑い!夜だって言うのに窓開けても暑い。12~3度かな?

PS

T氏が時折つぶやく「日曜日に埼玉で決勝戦が観たい」は聞き流しつつも警戒している。

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2007年8月 9日 (木)

やっぱし・・・

おかしいと思ったんだよねー。研修会の講師。こんな本書いている人だった。

国立大学法人化の衝撃と私大の挑戦

大淘汰時代の大学自立・活性化戦略

21世紀/私立大学の挑戦

結局、ハウツーもんじゃん!読んでもいいが参考までに、というところかなー。「考える力」ないのかね、彼らは。

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2007年8月 4日 (土)

PCカンファレンス2007 [Ⅲ]

さて、本日最終日だが、今日は高校のレポが多いので、焦点を絞って聴いた。

まずは、ここ数年レポを出し続けているN女大附。過去ではレポートの教科評価の違いが印象的であったが、今回は、コラボ。理科実験の上でのエクセルデータ処理が新しい。たぶん、誰でもエクセルには高校段階で目的を設定するのにアイデアが無いのであろうと思うが、さすがに自分で実験したデータを処理するというのは主体的な学びを引き出す可能性が強い。

次に、東京の単位制高校の先生による、プロジェクト学習。これを3つのカテゴリに分類しているところが新しい。①事実調査型、②問題解決型、③自己主張型、の3つ。確かに、調べ学習のときの発問はこれらを意識しなけば学びは引き出せない。ちなみに、本校は①が多すぎやしないか?と反省。②③にまで引き出せていないし、そういう観点もないのが事実だろう。

次はW北大の方による情報教育目的について。情報を数学教育の目的と対比させて情報教育の意義を焙りだしているのだが、やはり無理がある。数学という学問とは歴史も違うし、守備範囲も情報の方が広過ぎる。情報は数学のように体系化はされ得ないだろう。そういう意味で、この論文は遊びとしてありかな。

最後に、M大の方によるフィンランドICTについて。フィンランドということで、現在の私にとってはタイムリーな話題であるから、興味深く聞いた。ただ、フィンランドの教育状況はわかったのだが、ICTについては深く掘り下げ無かったし、報告している本人もよくわからなかったに違いない。ちなみに、この報告者は2度、フィンランドに渡って調査をしている。

例年とは異なり、地元ということでどっぷりと浸かった研修では無かったためか、私個人の中では、この研修会はあっさりと終わってしまった。これは中身の問題ではないのだろう。例年は、何だかんだ言っても、Y氏と終了後の夜に「あの講演はどうだった」とか「今回の研修会は○○っぽい」という簡単な振り返りを互いにしていたのだが、今年はそれが無い。終了したら帰宅できる、というのも善し悪しだ。地方に行くと、帰りの飛行機・JR、と風景も含めて余韻に浸りながら帰るのだが、それも無い。記憶に釘刺すものが無い。

改めて思うのだが、「研修は複数で参加が良い。できれば地方で宿泊した方が良い。」今回はこれを教訓として、次年度に生かしたい。

ちなみに次年度のPCカンファレンスは、「慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス」。明学のある戸塚から近いところで、東京からはJRで1時間程度の距離である。

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2007年8月 3日 (金)

PCカンファレンス2007 [Ⅱ]

さて、今日は分科会1日目。しかし、並ぶレポートは大学が多い。従って、本日の見どころは限られてしまった。

特に注目したのは、ここ何年か継続して発表している世界史授業におけるITCについて。今回は学力分析で実践的なレポートではなかったのだが、実践自体は非常に面白いことをしている人だ。教育哲学も共感できる。

あとは、小学校のレポ。教師のIT技術と生徒の習得度の相関関係を調べたレポートだが、当然、教師の技術が高ければ、生徒の習熟度も高まる。当り前のことを調べてどうするのか?不適格教員の選別に利用するのか、よくわからない目的の調査だった。

明日は中等教育のレポートが目白押しとなるので、楽しみにしたい。

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2007年8月 2日 (木)

PCカンファレンス2007 [Ⅰ]

http://gakkai.univcoop.or.jp/pcc/2007/

今年は北大での開催とのことで、気楽に参加。

昨日は、プレカンファレンスという前夜祭的な企画。開始前には、音楽が流されていました。U2です。それもそのはず、iPodの講義でしたので。

Apple社から教育ソフトについての説明。要するに、podcastingを教育に利用するという宣伝も入っているのだが、その中で、制作方針として挙げている3点は印象深かった。その3点とは「①Create、②Share、③Inspire」。特に、②はここ最近テーマにしてきたことだけに、興味深い。あとは操作方法の説明でした。

今日の午前は、グーグル・アマゾン化する社会 (光文社新書) という新書版を出版した森健氏の講演。ここではグーグル、アマゾンと同様、Web2.0と言われているWikipediaについてと、それに関連しした話だった。

午後は、シンポジウムということで、ニフティのココログ(本サイト)の実情や、現在の中高生の課題となるリテラシー能力についての議論があった。

今日の講演とシンポジウムで新たに得たものとしては「Blog炎上」「炎上の対処法」などの、やはりBlogや携帯の実情とネット利用の変化について、興味深かった。

しかし帰りの雨はひどかった。ずぶ濡れのライダーでした。

明日からは分科会。こちらは具体的な実践レポートを「聴く」。

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2007年7月23日 (月)

ミステリー

江戸川乱歩についてNHKで特集がされていた。日本のミステリー誕生は江戸川乱歩の功績が大きい。森村誠一が、それについて語っていた。

意外だったのだが、ミステリーは民主主義の中で人権が保障されている中でしか発達しないという。拷問にかけて、白状させて終わり、というのではミステリーはできないのだと言う。

そういう意味で、人権がどれだけ守られているか、というのはその国のミステリーを読めばわかるらしく、それがインデックス(指標)ともなるらしい。

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2007年6月10日 (日)

恵比寿

今日は明日からの研修会に備えた移動日。今日から2泊、五反田に宿泊する。宿泊のホテルには、1階にampmのコンビニが設置されており、ありがたい限りだ。

で、まぁ今日は時間恵比寿を訪れてみた。恵比寿は私が大学生のころはそれほど注目していなかったのだが、10年ほど前にショッピングモールとなっている。行こう行こうと思いつつ、六本木ヒルズなどの話題性に押されてしまい、今の今まで訪れることがなかった場所だ。ただ、今回は2つ隣りの五反田に宿泊することもあって、訪れたということだ。

その名の通り、恵比寿麦酒の工場があったところで、駅から続く移動式の通路にはサッポロビールの宣伝が絶え間なくある。札幌ファクトリーや札幌ビール園の宣伝もされている。たぶん、このことを北海道人は知らない人が多いだろう。移動式通路で暫く移動するのだが、広い通路なので、それほど苦にはならない。

で、恵比寿ガーデンだが、東京にしてはとても心地よい空間となっている。ショッピングモールを囲って、丁度サッポロファクトリーの屋根をなくした感じの雰囲気だが、それよりも広く、開放感がある。恐らく、サッポロの空間を東京で再現したに違いない建築デザインだ。ただ、この東京でそれほどの空間を利用してペイするのかどうかは、疑問だ。中には、三越、KFC、Mac、ツタヤ、ホテル・・・などなど。ちょっとやそっとじゃあ飽きさせない空間だ。できれば一日中いてもいいと思うような開放的な空間だが、今日は雷もひどく天気が荒れていたので、それほど風にかたっているという気にもならなかった。

三越の奥に麦酒の博物館がある。勿論、サッポロビールのもの。エビスビールには当たりとはずれがあることがわかった。味ではない、恵比寿さんの絵に当たりはずれがあるのだ。ただ単に、ビールがそんなに好きでないから知らなかったのかな?皆は知っているんだろうか?あの鯛の絵に・・・

さて、帰りに恵比寿のホームに立って気づいたことだが、電車が来たときのチャイムはエビスビールのCM音楽でした。「チャンチャラ、チャラー、チャラーン」っていうやつ。なかなか軽快な雰囲気で良い。

つづく

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2007年5月29日 (火)

セカンドライフ

いやはや、Ogaの助けを借りつつ、入ってみた。

すんなりと入れるのかと思いきや、そこはGooglEarthと同じでソフトウェアのインストールが必要となる。

何となくゲームの世界。時間差なのか、人もあんましいないし、英語は訳せない(離せない)しで、散々。あの長距離移動もタクシーでL$払うのだろうか?

ともかく、Ogaに先導してもらうこととする。皆さんも入ってみてはいかがか?

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2007年5月15日 (火)

docomo 2.0

Docomoがauに反撃するらしい。そのCMのインパクトとは裏腹に、大したイノベーションではないと感じるのは私だけだろうか?

今回の携帯イノベーションと考えて打ち出している特に大きな特徴は3つ

1)2in1

1台の携帯電話で2つの番号・メールアドレスを持ち、それを別に管理できるらしい。固定電話を持たなくなった現在、プライベートとオフィシャルを使い分けることができるというのが「売り」らしい。しかも945円で、ということだが(なぜ無料でない?)、本当に「売り」なのか?

2)音楽

1980円で音楽がダウンロードし放題ということだ。今まではPCでダウンロードしてそれを携帯に転送したが、今度は携帯から直でできる・・・売りか?

3)willのように振って遊ぶゲーム付き

使ってみたい!と思う?1と3は対象とする世代が異なっていて、どうもピンとこない戦略だと思うのだが、きっと私がおじさんだから、ということにしておこう。

この外にも、「フルブラウザ、3Gローミング、GPS、デコメ絵文字、メガiアプリ、iCお引っ越しサービス」などがあるらしいが、何がなんだかわからん。しかし、売りとしているのは上記3つだということだ。

挑発的な「そろそろ反撃してもいいですか?」というCMの割には、それほどのイノベーションも感じないのだが、docomoを使っている人は感じるのかな?でも、これで反撃が失敗したら、本当にマスコミから笑い者にされかねないと思うのだが・・・それくらい自信があるってことかぁ

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2007年4月22日 (日)

vista

いやはや、VISTAの修復に2日かかった。バージョンアップ(VistaBusiness)で対応したために、面倒くさくなったのだが、気がついた点を記しておこうと思う。

前提:ThinkpadX60/Core2Duo T7200 2GHz/RAM 2G/videoRAM128M

Vistaでは、「システムの評価」というのがなされるのだが、メモリアップする前(1G)は2.4だったのだが、アップ後(2G)は3.1となった。

0.ユーザー認証ができない、プロキシ設定ができない、マウススクロールができない(エクセルで不便)、プリンタ設定が一切できない(インストできない)、外付けCDなどが認識できない・・・などというエラーから始まった。

1.ユーザー管理の構造がわかりにくい。しかも職場は職場でドメインに入るので、ドメイン認証のエラーかどうかよくわからん。

2.プリンタの設定がドメインとの関係で現在までのところ、うまくいってはいない。モノクロは問題ないのだが、カラープリンタの方に問題が生じている・・・

3.他のメーカーの様々な対応が遅れている。深刻です。ドライバが出揃っていない。Vistaは発売が遅れたのだから、メーカー対応の時間はかなりあったと思うのだが、(少なくとも業者間では11月リリースだったのに)半年経っても出そろわないのは、不況の煽りか?

4.NORTONを360にバージョンアップしたのだが、これまた入口が変わってしまってわかりにくかった。これが、どうWindowsとすみ分けるかは未だわかってはいない。徐々に深めていこうと思う。

これらの対応で行ったのが、ユーザー権限の変更に伴うレジストリの変更。レジストリの変更はビビリながらやったが、なんとか上手くいったようだ。現在では家庭での使い勝手は良い。カスタマイズもかなり進んでいるが、ガジェットについては利用すべきかどうか迷っている。これを利用することによってパフォーマンスが落ちるのではないか?という心配がある。

職場で遊んでいる・・・と思っている方がおられるかもしれないが、正規の教材研究ですから。誤解のないように。

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2006年11月 6日 (月)

HDDダウン!

我PCのX40がHDDダウンしました。もう一週間も前のことになります。

で、仕方ないのでR40(5年前のPCでMeがプリインスト)を使っていましたが、これが2日でHDDダウン。

呆気にとられながら、2年ほど前に譲り受けた書家Y氏のPCを蔵出ししました。ところがこれも、1日でHDDダウン。

何てこった?と迎えた金曜日に職場へ行き、職場のノートPCを使用。木曜日の段階で判明していたことだが、これは何のエラーかLAN接続しなかったので、修復作業を試みるが「無駄」

この連休は原始人のような生活をしていました。

ようやく本日、職場のノートがpanasonicのエラーと自転車野郎(そろそろ徒歩野郎になりますが)が発見。そんなエラーだとは発想しなかった!MSに問い合わせ、修復プログラムをインストールしてもらって、ようやく通常通りのネット生活ができるようになりました。

新PCノートですが、今度はX60を購入します。2週間くらいかかるので、まだまだかかりますが、「CORE 2 DUO」のCPUです。待ち遠しいです。HDDを買って交換してもいいのですが、かなり色々なところを修理して現在に至っているので諦めました。

いやー、しかしこのレッツノート、慣れていないので打ち難い!

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2006年10月12日 (木)

謝罪ー10の鉄則

謝罪のことは親から学んだ。何よりも商売柄、そういう場面に出会うことが多かったからだろう。

「してはいけない」10のこと

①遅い(私学は判断の早さが良いところ)

②言い訳・反論(過ちを認めて収める)

③頭を下げる方向を間違える(相手ではなく、上司だったり、警察だったり、勘違いな奴もいる)

④曖昧

⑤役者不足(上司が出てこない、子どもで言えば親)

⑥処分が伴わない

⑦足並みが乱れる(人によって言うことが違う。上司と本人とか・・・)

⑧嘘・隠蔽

⑨早とちり

⑩安易な賠償(誠意が感じられない、金が欲しいわけではない)

1ヶ月前の事件は、①②⑥⑦が生じていた・・・

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2006年7月 1日 (土)

フィールドワークという実習

 どうにか、参加者11人引率者3人の14名でのフィールドワークを終えることができた。

 百年記念館は、予想以上に管理人のYさんが熱心に話してくれたのが良かったです。1時間ほど過ごしましたが、生徒は創立者について、頭に入ったようで「うちにもこういう部屋作ったら?」なんて言葉まで聞けました。

 独立教会ではO理事が熱心に案内をしてくれまして、厳重保管されている「イエスを信じる者の契約」の原版、クラークが学生に与えたという「英訳聖書」、新渡戸の直筆の書、などなど時計台や北大では見ることのできない「本物」を見せてくれました。参加者も「あっ、オータ(新渡戸の前の苗字)って書いてある!」と、やはり本物を見せると説得力があり、身近に引き寄せることができるようでした。
 さて、空腹と疲れが増してきた北大では、「佐藤昌介の胸像→クラークの胸像→食堂→新渡戸の胸像→総合博物館→モデルバーン→じかん」と長距離を歩き続けました。新渡戸やクラークの胸像にはさほど強い印象は無かったのですが、私自身は総合博物館に圧倒されました。総合博物館なので、科学的なものは勿論ですが、北大の歴史に関わる展示も充実しています。当然、佐藤昌介、新渡戸稲造、内村鑑三、宮部金吾についての展示も充実しており、遠友夜学校についてのブースもあるなど、きちんと観ようと思うと、たぶん、2~3時間は過ごせます。ただ、時間が無かったので1時間で切り上げました。参加者がどれだけ吸収したのかはわかりません。
新渡戸やクラークを身近に感じることと思いつつ終了しました。

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2006年6月28日 (水)

フィールドワークという講座

今日、帰りにある子と話していて、色々なことを考えさせられた。

その子はM学院大に行く可能性があるので、フィールドワークに出てみることを薦めたからなのだが、M学院大に行くこと自体を決められない。むしろそんなに魅力を感じていないという。ここまでの話を何回か聞いて誤解してしまったのだが、そもそも大学の魅力とは何なのか?という話になったところ、「設備と勉強しやすさ」という視点であった。これには正直驚いた。本当の意味での学問をする気など毛頭なし、視野に入っていないのだ。「公務員になりたい(これも本当かどうかは定かではない)」という想いからは、公務員に向けた勉強がどれだけできるか、ということが問題であり、魅力を左右する要因なのだ。

いろいろな勉強を手を抜かずにしている子なのだが、その一つひとつが訴えるメッセージに耳を傾けられていない、掴み取れていない子だな、と思った。そういう意味で、本当に何をすれば良いのかがわからない、迷うということすら何なのかがわからない子なのだ。少し可哀想になった。

私は、持論ではあるが、大学で学ぶ意味(卒業する意味ではない)を伝えつつ、映画や本を読むことなどもそれぞれにメッセージがあり、それを自分で掴まなければならないことを伝えた。なぜ、主人公がこういう生き方を選んだのか、監督は何を伝えたかったのか、それを掴まなければならない、と。

私はM学院大学に行っても行かなくても、内村や新渡戸がなぜ、その生き方を選び取っていったのかは疑問としつつも、それを考えながら生きていかなければならないし、そうしなければ、人を理解することはできないどころが、公務員としても貢献することはできないであろうことを伝え、結局フィールドワークに参加するということで話を終えた。

フィールドワークは札幌の歴史を訪ねる旅を考えてきたが、本当は自分の生き方を訊ねる旅にしなければならないのであろう。

この講座は難解だ。

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2006年6月16日 (金)

ようやく

シンドラーのエレベータの原因が判明したようだ。やはり、と言ったらいいのか、制御盤のプログラムミスであった。今までの点検は何なのでしょうね。制御盤をこれから全て変えなければならないと思うのだが・・・

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2006年6月10日 (土)

シンドラーに思う

シンドラー社のエレベータが点検祭となっている。

疑問に感じるのは、事故が起こった原因が分からないまま、点検がおこなわれ、そして点検が終了したら、再開するとのことだ。

原因がわからないのに!?

「点検=安全」と誰が決めた?原因不明の事故を受けて点検していて、まだわからないというのに、点検して何を確認するのだ?

このへんの社会構造がよくわからないのだ。

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2006年4月29日 (土)

武士道について

武士道については、まだ続くのですが、少し全体的な感想も含めて述べておきたい。

まず、本なのだが、私は3つの武士道を買った。①矢内原忠雄訳②奈良本辰也訳③ハイブロー武蔵訳である。

なぜ訳かというと、もともと、海外に向けて新渡戸が書いたもので、新渡戸が英語で書いた書物だからだ。東大で英語を専攻し、留学し、札幌農学校では英語を教えていた(だからH学園でも英語を教えていたのだろうと思うが、その記録は無い)ので、英語で武士道を説明することは、そんなに難しくはなかったのだろう。だから新渡戸が日本語で書いた「武士道」は存在しない。

この武士道は、海外に向けて発信したために、日本文化を中国や欧米の哲学者、そしてシェークスピア作品の人物の発言などを引用し、欧米の人が日本人を理解しやすいように説明しているのが特徴だ。その英語で書かれた武士道は海外でベストセラーとなり、逆輸入の形で訳がされるわけだが、最初に訳したのが、矢内原だった。その文面は迫力がある。がしかし、その引用が多いために、わかりずらくなるのだ。その引用は、ほとんど「古典」である矢内原の訳は。例えば、『ー「汝裸体となって我を侮辱するとも、我何かあらん、汝の乱暴によって我が魂を汚す能わず」との意味のことを書いている。』ーと書いてある「」の中の言葉は、もっと難しい言葉(漢字を変換しても出てこないような古典文章)を訳しているらしいが、まだもう一回訳をしないとスッとはわからない。英語を読んでいるように一旦考えなければならなくなってしまうのだ。

で、現代風に訳したもの、と考え奈良本訳を買うわけだが、そのシエークスピア作品に出てくる人物名などを註で巻末にまとめて説明を施してある。これが読みにくい。註が発生するたびに巻末を開かなければならないのだ。その註は42ページにも及ぶ。読んでも気が散ってしまうのだ。読んだのだが、読んでも読んでも理解した気にならないというのが正直なところであった。で、次にハイブロー武蔵という、実に信憑性の無いような、軽い名前の人の訳した「図解・速習 新訳武士道」というものを買う。信頼性にかけるのだが、訳者の意見と図解も織り交ぜ、註であった部分が括弧で括られて本文の流れを崩さない形で説明しているので理解しやすい。まさに速習であった。

明日は、切腹と復讐について書き込むつもりだ。

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2006年3月27日 (月)

歴史のリレーランナー5

今日は、本校にゆかりの深い「日本基督教団」の成立についての歴史です。以下を読んでおわかりのように、戦時中、政府が統合した教派である日本基督教団は日本にしかありません。

 

1931の満州事変以降、軍国主義の風潮が高まり、天皇を現人神とする国家神道が強制されるようになると、諸宗教に対する国家の統制が強まった。とくに、唯一の神を崇拝し平和主義と個人主義的倫理を説くキリスト教は「危険思想」とみなされ、数々の規制をうけるようになる。

1939年には「宗教団体法」が成立し、キリスト教は国家の全面的な統制下におかれることになった。とくにプロテスタント諸教派は、なかば強制的に統合をせまられ、41年には34の諸教派が合同して「日本基督教団」を結成した。これに対し、カトリック教会は日本天主教教団として単独の宗教団体を構成した。

1945の敗戦とともに、宗教団体法は廃止され、翌1946年には日本国憲法の公布によって完全な信教の自由が保障された。日本基督教団に参加した教派や教会の多くは、プロテスタント合同教会の存在意義をみとめてその後も教団にとどまり、その再編にとりくんだが、教団から離脱し、それぞれの伝統にもとづく教派を再建したものも少なくない。たとえば、日本福音ルーテル教会、日本バプテスト連盟、日本ナザレン教団、日本基督教会、救世軍などである。

第2次世界大戦後、教派の相違をのりこえた協力や相互理解をすすめ、究極的には全キリスト教の一致をめざそうとする世界教会運動ないし信仰一致運動(エキュメニズム)が盛んになり、1948年には世界教会協議会(WCC)が結成された。6265年には第2バチカン公会議がひらかれ、カトリック教会もこれに積極的にとりくむようになった。

日本でもこの動きをうけ、1948年には日本キリスト教協議会(NCC)が結成された。78年の「新約聖書共同訳」、87年の「聖書新共同訳」の出版(これが現在、本校で利用している聖書)は、日本の信仰一致運動の目にみえる成果の象徴である。NCC系の諸教派は、聖書の批判的・歴史的研究の成果をも積極的に活用し、平和・反核運動、差別問題などの社会運動、諸宗教との対話や協力にもすすんでとりくんでいる。

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2006年3月26日 (日)

歴史のリレーランナ-4

「バンド」と「教派」について少し触れます。

 日本の初期のプロテスタント運動の中心地となったのは、横浜、熊本、札幌。これらの運動をになった人々は、それぞれ「バンド」(群れ)の名をつけて通称される。
 「横浜バンド」は、バラ、ヘボン(ヘボン式のヘボンですが、本当はヘップバーンという発音の方が近いらしい)、ブラウン、フルベッキらの長老・改革派(カルバン派)系の宣教師たちの影響をうけた押川方義(まさよし)らによって形成された。彼らは1872年(明治5)、日本基督公会を設立し、日本最初のプロテスタント教会である横浜海岸教会をたてた。この教会はやがて日本基督教会(1890年設立、宗教主任代務の教派であるから北一条教会や発寒教会はこの教派)へと発展し、その後太平洋戦争時にいたるまで、日本における改革派運動の主流となった。横浜バンドからは、日本のプロテスタント神学の形成に中心的な役割をはたす植村正久や、のちにメソディスト運動の指導者となる本田庸一(よういつ)などがでた。
 「熊本バンド」は、熊本洋学校で教師ジェーンズの感化をうけ、1876年に入信した海老名弾正(だんじょう)らによって形成された。その後熊本では弾圧をうけたが、同じころ、アメリカに密航し会衆派系のキリスト教をまなんだ「新島襄」が帰国して(この新島襄が留学していなければ、クラークは札幌に呼ばれなかったのではないか、と言われている)、京都に同志社英学校を創設(1875)していたので、熊本バンドの人々も京都にうつってこれに合流した。彼らの多くは、やがてアメリカの海外伝道団体「アメリカン・ボード」の支援をうけて、86年に日本組合基督教会(札幌北光教会もその流れ)を結成、その後の個別教会主義的プロテスタント運動の中心となる。
「札幌バンド」は、札幌農学校教頭クラークがわずか8カ月の在任中(1876~77)にあたえた圧倒的な影響のもとに入信した人々によって形成された。彼らの一部は、既存の教派や教職制度や礼拝形式にかかわりをもたない札幌独立教会を建設する。札幌バンドからは、のちに無教会運動(→ 無教会主義)の創始者となる「内村鑑三」や、クエーカー教徒(別名フレンドと信徒は自称するー普連土学園_フレンドガクエンがクエーカーの援助で設立された)となり教育者として活躍する「新渡戸稲造」がでる。
 こうした動きにややおくれて、聖公会やルーテル(ルターの変音)、バプティスト(バプテストというのは洗礼という意味に限りなく近いが、異なるという主張もある)、メソディスト(青山学院、関西学院がそれだが、札幌教会・厚別教会はその流れを汲んでいる)などの諸教派も、宣教師を中心に組織的な伝道をはじめ、全国各地に教会がたてられるようになった。これらの教派はまた、各地に学校、病院、社会福祉施設などを建設し、教育、文化、社会事業などの領域で日本の近代化に貢献した。

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2006年3月23日 (木)

歴史のリレーランナー3

河井道

 彼女は、スミス女学校に学び、当時札幌農学校で教鞭をとっていた新渡戸稲造の教えを受けた。その後、新渡戸夫妻の勧めで米国のブリンマー女子大学に留学しました。

 帰国後日本YWCAの創設に尽力して最初の日本人総幹事となり、国際的にも活躍した女性です。

 第一次世界大戦後の世界で、未来に深い憂いを抱く女性達との国際的連帯の中で、世界の平和を願って河井道は新しい学校の創設を決意しました。それが、現在の「恵泉女学園」となっています。

指定校推薦の一つとなっているが、H学園とは切っても切れない関係です。

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2006年3月22日 (水)

歴史のリレーランナー2

H学園創立者S女史は、アメリカのニューヨーク州出身。師範学校で学んだ後、同州内で小学校教師をしていました。ところが、兄が牧師に就任した直後、病気のため教壇で倒れて亡くなるという事件が起こりました。S女史はひたすら神に祈り、このときからキリスト教を布教しようという強い使命感を持つようになった。

やがてS女史は宣教師として日本で活動することを決心しました。このときの彼女の根拠となった聖句は「キリストさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかった。」(ローマ人への手紙15章3節)でした。

彼女は1880年に来日すると、東京の新栄女学校に着任し、校長になりました。しかし湿潤な気候が合わず、重いリウマチにかかってしまい、医師や伝道協会から帰国を命じられました。それでも宣教師としての志を貫くため、故郷の気候に似た北海道で活動することにしました。

札幌で雇い外国人として、北海道尋常師範学校の英語教師になったSですが、彼女の願いは女学校をつくることでした。そこで1887年、自分の給料を投じて私塾として女学校を開くことにしました。S女学校はこのような彼女の熱意と努力によって、誕生した。7人の生徒とS女史によって始められたこの教育が、H学園の始まりであります。このS女史による教育を積極的に支援し、協力したのが佐藤昌介、新渡戸稲造、宮部金吾らクラーク博士の薫陶を受けた札幌農学校の卒業生たちでした。彼らは設立当初、この女学校で教鞭をとっていました。

クラークの想いとS女史の想いが交差した瞬間であり、ある意味、神の計画として海が二つに割れるような奇跡だった。

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2006年3月21日 (火)

歴史のリレーランナー1

 H学園の歴史について、知らない人が多いようなので、私もなぞる意味で書き込んでみたい。

 H学園はプロテスタント・キリスト教主義の学園ですが、その歴史を紐解くときに、日本プロテスタント三大源流(伝来ルート=横浜・熊本・札幌)の一つである札幌バンドが舞台となった札幌農学校(現北大)に遡ります。この三大源流地はどこも、キリスト教の歴史が刻まれており、旅行などに行ったときは気にしてみたらいい。

 北大で、教頭クラークが卓越したメンバーを生み出したことは有名です。具体的には、1期生には佐藤昌介、大島正健の名が、2期生には内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吾らの名あがります。「ビー・ジェントルマン」「ビー・アンビシャス」というクラークの教えを守り、札幌農学校の卒業生たちはさまざまな分野で活躍した。

 この中で、新渡戸については紙幣でもご存知であろうが、最近話題の「武士道」の著者だ。宮部金吾は北大植物園の生みの親。植物園の中に「宮部金吾記念館」がある。いわゆる植物学者である。

さて、この方々がどうH学園にどう関わるのかというと、創立者S女史による教育を積極的に支援し、協力したのが札幌農学校の卒業生、佐藤昌介、新渡戸稲造、宮部金吾らたちであったということです。創立時は、この学園で教鞭をとっていただいた。また、Shine like stars, in a dark world.(世にあって星のように輝き-フィリピ215)」は校名の由来なのですが、新渡戸稲造が名づけたらしいです。

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2006年3月14日 (火)

少年法

に関する本を読み始めたのだが、これが興味深い。少年法は、「被害者の想いが伝わらない」「法を見越した凶悪犯罪が増加した」「処分が甘い」などの批判があったわけで、それで改正に踏み込んだわけだが、それらの批判も含めて本校の謹慎指導思想類似している。特に、以下の根幹理念だ。

国親(くにおや)思想、つまり国が親となって非行少年の適切な教育を行うことにより更正を図り、もって社会の安全を確保するとの考えを根幹理念としている。

どこが類似しているか?

まず、「処分」ではなく「更正」という点にある。本校の謹慎指導は、処分ではなく、指導の角度を変えた教育(更正)が目的であった。本校は長い歴史の中で、この「更正」を目的とした謹慎指導が、結局的には「更正」されていない、「甘い」という批判を受けて、この10年で「処分」に傾倒していった。少年法においても同様で、「更正」されず、犯罪を繰り返すという(曖昧な?)統計によって批判を受けた。それに伴った「改正」であったことも記憶に新しい。

また、国親思想という点が類似している。本校の謹慎指導は「家庭と一体となって指導」するのであって「処分」ではない。あくまで「更正」が目的だ。この点では、親の指導が行き届かない家庭に対して、本校の謹慎指導は「学校親思想」なのかもしれない。この視点は重要だと思う。(北海道家庭学校のような)児童自立支援施設に送られ、夫婦の教師のもとで育て直し、更正させようとするシステムも考え方としては類似している。その意味ではHRを家庭とみなしつつ、担任が親として、クラスメイトは兄弟としての疑似体験は、一人っ子や母子家庭、父子家庭が増えてきている中では大切な視点なのではないだろうか。何よりも、そういうイメージで指導を立て直していかなくてはならないのかもしれない。但し、忘れてはならないのは、この少年法改正でもあったとおり、被害者の親が納得しないということが大きな壁となるし、その壁を越えるのは「更正しているようだ」という経過報告でしかない。

必ずしも「更正」は10人のうち10人が更正できるわけではないし、もしかしたら10人のうち、1人しか「更正」できないのかもしれない。しかし、それでも性懲りも無く「更正」に挑戦しようとするのが教師だし、「学校親思想」ということになるのではないか。

そもそも、本校は犯罪までに至っていないケースが殆どなのだから、挑戦することは、それほど大きな壁ではないはずだ。

今、HRは家庭にならなければならない。

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2006年3月 7日 (火)

プライド

U2をとにかく聞いている、観ているこの1年だが、今日は、イースターも近いので長年お気に入りのU2のPrideという曲で、80年代に爆発的なヒット曲となったので知っている方もいるでしょうが、その詩を紹介します。

Pride (In the Name of Love)

One man come in the name of love

One man come and go

One man come he to justify

One man to overthrow

In the name of love!

What more in the name of love?

One man caught on a barbed wire fence

One man he resist

One man washed on an empty beach

One man betrayed with a kiss

In the name of love!

What more in the name of love?

Early morning, April 4

Shot rings out in the

Memphis

sky

Free at last, they took your life

They could not take your pride

In the name of love!

What more in the name of love?

日本語訳)

プライド

愛の名の元に、一人の男が現れた

一人の男が現れ、そして去って行った

一人の男が現れた、公正のために

一人の男がくつがえすために

愛の名のもとに

愛の力に限りはあるのか

一人の男が有刺鉄線を超え、やって来た

一人の男は抵抗した

一人の男が寂れた岸辺に打ち上げられた

一人の男が裏切りのキスを受けた

愛の名のもとに

愛の力に限りはあるのか

4月4日の朝早く

メンフィスの空に一発の銃声がこだました

最後に自由を手に入れたけど、彼らはあなたの命を奪った

だけどあなたの魂までは奪えはしなかった

愛の名のもとに

いまひとたび愛の名を信じて

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この詩の意味をおわかりだろうか

①「一人の男が裏切りのキスを受けた」はイエス・キリストのことを指し、ユダのことを言っているのだが、大半はキング牧師を歌っている。

②4/4は命日を指す

Free at lastは、キング牧師の有名な演説「I have a dream」からの言葉を抜いたもの。

最近発売されたU2のライブDVDでは、ボーカルのボノがメッセージを語ったあと、この曲を歌う。

う~~・・・涙もんです。

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2006年3月 2日 (木)

交流

交流の少ない社会性の乏しい同僚を巻き込んで、共に同僚としての意識を向上させるためには、まずサポートする人が必要である。べったり世話を焼いたり監視したりする人ではなく、かかわりを持つ人であり、あくまでも教職員集団へ誘い溶け込んでもらうための橋渡し役である。サポート役は複数が望ましい。しかし、最初は一人で十分だと思う。

学年主任には、特に意識してもらわなければならないことであろう。

手順は次回に

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2006年2月28日 (火)

フォーマルな場でコミュニケーション

「フォーマルな場では本音は出しにくいから、インフォーマルな関わりを大切にしよう」というのは一つの選択肢。全員とそういう関わりをするには限界がある。

そこで工夫したいのは、通常業務のなかでコミュニケーションを増やすことだ。その中でも特に重要なのが「会議」の場。一方的に話す人、聞く人を作らずに、必ず全員が誰かの目を見る、自分の声を出す、人の話を聞くように気遣う。言葉で何を話すかが問題ではなく、話そうと思えるような許容的な雰囲気をつくることこそコミュニケーションの大前提となる。

逆にインフォーマルな場で、その雰囲気が作り出されなければ、コミュニケーション効果薄ということだ。

さて、新分掌・新学年。そこから手を付けることができるか?

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2006年2月27日 (月)

チームとは

チームとは役割の束である。

リーダーはこの役割の束が混乱しないようにする。そのために、

(1)チームの目的を明確にする。このチームは何をしようとしているのか、何のためにこのチームは存在しているのかをリーダーはきちんと知っておく。このことを意識し、しっかりリーダーシップをとらなくてはならない。

(2)一人ひとりの仕事を明確にし、その仕事につく権限と、責任をはっきり示す。でしゃばる人が出てきたり、お互いに責任をなすりあう結果とならぬために。

(3)リーダーは、メンバー同士の感情交流に関心を持ち、仕事がきりんとできる雰囲気づくりをする。

これらは、職場では主任が意識しなくてはならない。また、HRも同様。特にHR三役会はこの視点で指導しなくてはならないだろう。

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「やってみせる」は言葉より雄弁に人を説得する

トヨタ

企業指導者(トレーナー)が生産現場へ行き、「これからは新しいやり方でモノをつくります」と説明し、1個か2個つくってみせるくらいではダメである。それでは現場は納得しない。新しいやり方と慣れたやり方を続けたがるのが人間なのだ。頭では「新しいやり方がいいんだろうな」と考えていても、気持ちがそちらを向かない。体が反応しないのだ。だから、トレーナーは必要とあれば、一日かけても「やってみせ、つくってみせる」を実践する。トレーナーが「私でもこれだけやればできますよ」とケロっとしていれば、本職の人たちも「自分にできないはずはないだろう」となる。目で見て納得すれば、それからは進んで協力してくれることになる。

ユニクロ

部下がついてこない店長には「誰よりも早く出勤して、事務所やトイレを掃除し、冷暖房をつけ、店員が出勤してくるのを待ちなさい。出勤してきたら「おはよう」と声をかけるなどして、一緒に店をよくしたいことをまずは態度で示しなさい」とアドバイスするという。

思い当たりますね・・・自分にも、年配者にも・・・

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2006年2月26日 (日)

4パターン

ある本に、「家庭とチームワークが組めないケースの教師像4パターン」が以下のように示されていた。さて、思い当たるか?

1.        独善的な教師

自分の行っている指導に自信過剰な面があり、保護者の意見を聞けない。そのため、独りよがりになっている教師。

2.        自信の無い教師

自分の指導や子どもとの関係がうまくいかず落ち込み、同僚に助けを求める。自信が無いため、保護者の話も苦情に聞こえてしまう教師。

3.        すべて子どものせいにする教師

最初から「どうせこの子たちはダメだから」と決め付け、あきらめている。子どもを伸ばそうという意欲に乏しく愚痴が多く保護者からも信頼されない教師。

4.        人との信頼関係が持てない教師

子どもを心底誉めたり叱ったりできず、うわべだけの指導に陥りやすい。子どもにも保護者にもそれを見抜かれ、不安を抱かせてしまう教師。

それらに続き、これらに対し以下の改善策が提案されている。

1.        マイナス面ではなくプラス思考で子どもの報告ができるように

2.        厳しいことも言える、聞く事のできる同僚づき合いを

3.        学級全員に声掛けをする

4.        保護者会のテーマには工夫をする・・・例)「親ばかわが子自慢」など

5.        学級通信で保護者から共感的理解を得る

6.        生徒に教師の通知表をつけてもらう。

なるほど、と思うところもある。さて、我々は次年度、どこかで改善策を練る必要がある。

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golog誕生

何と言う訳ではない。BBSでも良かったが、一応書いてみようと思った。

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