「学問のすすめ十七編」(最終回)
この箇所(特に2)は非常に面白い。自分のためになる他に、自分の周りの様々な人の顔が浮かんでくる。それは必ずしも良いことではないが、そうしたほうがわかりやすい、ということはある。今回で最後だが、できるかぎり楽しめるように紹介しよう。
1.人望
人は普段から人にあてにされる(人望)ような人でなければ、何の役にも立たない。人望は智恵と徳があって得られる。しかし、そうではなく、智恵も徳も無いのにヤブ医者が玄関を立派に見せて金儲けをしたり、読めもしない「原書」が飾ってある学者(笑)、人の観ているところでは難しいものを読んでいるふりをするが、家に帰ると寝るだけの者、などなど。このためか、智恵と徳をもつ人の中に「世間に栄誉を求めない。それは虚名にすぎない」と言う人もある。しかし、それは栄誉の本質を取り違えている。極端なケースで「栄誉は虚名」としてしまうのは早計だろう。栄誉、人望は自分から求めていくべきものである。しかし、人望というのは自分に適した評価であることが大切である。また、人望や栄誉を隠すことは世の中の損失である
2.言葉と表情と人付き合い
人望を得るためにいくつかのことを心得なければならない。まず、言葉をよく学ばなくてはならない。文字を書いて自分の意思や考えていることを伝えるのは大切なことである。話が下手な人は概して語彙がとても少ない。次に、明るく元気な顔をすることが大切である。相手を威圧したり、へつらい笑いをして近寄ったり、お世辞を言うのは嫌われる。また、ニガ虫を潰したような顔で何を言っても無表情、いつも父母の葬式に出ているような顔は最も嫌われる。人の顔は家で言えば玄関のようなものである。言葉遣いや顔つき、そして態度をよくすることは、人として徳の一つとして常に心がけなければならない。しかしこれは表面を飾ることだけではない。それも一理あるが、過度の虚飾は人のつきあいの弊害にしかならない。孔子の言う「過ぎたるはなお、及ばざるが如し(行き過ぎても、足りないものと同じく良くない)」である。さらには、人と交わるには、古い友を忘れず新しい友を求めていかなくてはならない。多方面の人と接し交際を広げることは人生に役立つものだ。
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