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2009年7月31日 (金)

全然大丈夫

http://zenzenok.jp/indexp.html

なんなのだろう?この映画は・・・

予告のときから魅了され、しかし、映画館に行ってまで観る気は起きない。せいぜいレンタルか?、とも思える。

一方、平日の昼間に観たら、その雰囲気と共に相乗効果的に、さぞ楽しいだろう、と思いつつ、観には行かなかった。生活の中で「のほほーん」と映画を観に行く余裕が無くなっている自分に気づくのです。

さて、そんなところで、偶然、この夏休みの「のほほーん」期間に入ろうとした、その矢先、WOWWOWで放映してしまいました。深夜とは言え、最後まで観てしまいました。

カロリーメイトのCMでおなじみの荒川良々(あらかわよしよし、と読むらしい)が主演。まさに掴みどころの無いキャラで登場している。そして、いそうな、いないような引き籠りでもないのだけど、コミュニケーション下手で不器用な役を木村圭乃。

話が進行していくわけでもないのに、最後まで飽きない。キャラも含めて「ありそうな・ないような」話が延々と続くのにも関わらず、だ。キャラと演出、そして小道具が優れている映画なのだろうなぁ。

HPを観ただけでも、その「きもかわいい」演出は感じることができる。

まだ、シネマトラースでやっているらしい。

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2009年7月29日 (水)

だいじょうぶだよ、ゾウさん

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B6%E3%81%A0%E3%82%88%E3%80%81%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%81%95%E3%82%93-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%8B%E3%83%A7%E3%83%B3/dp/4894234386/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1248871354&sr=8-1

絵本です。あるきっかけで死生学を学ばなければならない私は、こういった単純なもので理解を進めていくしかない。

ねずみさんの勇気に拍手!

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民主主義と教育(下)

http://www.amazon.co.jp/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%80%88%E4%B8%8B%E3%80%89-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-J-%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A4/dp/4003365240/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1248871101&sr=8-2

恥ずかしながら、約1年ぶりの再開となったデューイ。読んでいくうちにわかったことだが、全く体系的には書かれていない。がゆえに、連続・継続して読まなければならないわけではなく、その都度開いて読むことも可能な本。

しかしながら、難解。一日1章を読むのが精いっぱい。激しくインスパイヤされるものの、読んだ量は10ページに満たなかったりする。それほど濃い。

一生に何回読めるのか、そんなことも想像してしまう。

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2009年7月26日 (日)

ライラの冒険 黄金の羅針盤

http://lyra.gyao.jp/

馬鹿にして観たのだが、かなり面白い。

何が面白いかといえば、魂と肉体を分離して例えているところ。その一つひとつの場面が意味深で意図的だと思われる。

続編が必ずある、というエンディングでした。

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2009年7月25日 (土)

下山事件(シモヤマケース)

http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8B%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B9-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%A3%AE-%E9%81%94%E4%B9%9F/dp/4101300712/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1248450146&sr=8-3

下山ケースについては、数々の推測本が出版されており、特に下山ケースを究明したいならば、この本ではない。

御存知、森達也の著書であるが、「森達也だから読んだ」にすぎない。

私は何人かの「えこひいき」して読む本があるのだが、ジャーナリストとしては森達也が一番しっくりくる。思考の仕方や、問題に対処するスタンスが共感できるからだ。彼は9月に北海道で講演をするのもあって、ちょっと気になる存在でもある。

この本は、森達也が下山ケースを追跡した記録であって、下山ケースを暴く本ではない。そういう意味で、主人公は下山周辺ではなく、森達也だ。

1949年7月5日に起きた下山ケース。ちょうど50年という今年の7月に読んだことが何とも偶然なのか、必然なのか・・・不思議な思いが残る。だからといって、出版されている様々な本を読み漁って、この事件を究明したい、などとも思わないのだが・・・。

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劔岳 点の記

http://www.tsurugidake.jp/

TVで宣伝しているほど、撮影が困難だったという感じがしないのが残念だったが、工学系の方は一見の価値があると思う。

測量という観点もそうなのだが、「なぜ地図を作るのか?」という主人公の自分への問いと、そこから導かれる主人公の(正解ではなく)答えが生きる意味というものについてメッセージ性を与えるものであるから。

映画としては、とてもじゃないが面白い映画ではない。「あっけない」と思わせる部分多数だし、脚本と演出は貧困と言わざるを得ない。

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2009年7月14日 (火)

セーヌ川のだるま船

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%8C%E5%B7%9D%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%82%8B%E3%81%BE%E8%88%B9-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E6%95%AC%E4%B8%89/dp/4789604438/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247572446&sr=8-1

小林敬三氏の著書。2冊目だが味わいがある本。カトリックの司祭なのだが、次のような言葉の引用もある。

「愛名は犯禁より悪し、犯禁は一時の非なり。愛名は一生の累なり。」(「正法眼蔵」行持下)

愛名:手柄を立てたい、己の功績を人に認めてほしい、人の上に立ちたい、目立ちたい

犯禁:殺人など

常識的には罪の重さとして「愛名<犯禁」と思いがちだが、この言葉はその逆「愛名>犯禁」と説く。

なるほど。

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2009年7月12日 (日)

基礎学力を問う エピローグ

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247404898&sr=8-1

秋田喜代美の執筆。 「学力問題への問い」

ここでは政治と学力論争の関係、そして今後の教育学者による研究課題が整理されている。基礎学力をつけるためのモデルは無い。

私は、この本のこれまでの内容で、まさに教員一人ひとりが「学力問題への問い」を持ち続けることこそが基礎学力モデルなのではないかと思える。

いずれの方法であっても、生徒の現状把握や理解、そして教材の精選と教員自身の新たな発見の中でしか、授業の新鮮さは保てないのではないだろうか?PISA型学力のパッケージ化が進んでも、本来的なPISA型学力がつくわけはなく、ただの受験学力にしかならないことは明らかだろう。それはベネッセの小論指導の内容でも明らかなように思う。あれは失敗する。教師が探究し続けるーその姿こそ、教師のPISA型学力の体現となるのではないだろうか。

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基礎学力を問う 7章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247404898&sr=8-1

秋田喜代美による執筆。 「質の時代における学力形成」

かなり具体的な内容となっている。面白い!

□教育方向の質

マスコミと実態が噛み合っていない振り子現象

□構造の質

量を増やすことは意欲に直結しない「楽しくリラックスした雰囲気」「自分の興味や関心のあることを学べる授業」が求められている

□教育過程の質

PISA型学力によって、対応パッケージという逆流現象が生じている一方で、表現・思想・読解の一貫性を持たせる取り組みもあり、一定以上の効果を表している面もある。この対応は以下の5つに分類される。

  1. 積極的に研究開発を行いPISA型対応のモデルを示そうとする開発型実勢校
  2. 先進校が開発したものを受け入れながら実践しようとする学校
  3. 特定教科に任せ研修を重ね翻案し、実践を重ねる学校
  4. 改革には距離を置いて、これまで通り
  5. 話題にはなるが、実践には何の影響もない学校

わかっていても実践がついていかない、ということが少なくないようだ。この点については、

パイオニアによる授業の過程では、子どもの学習過程や相互作用をきわめて敏感に捉え、それに応じてsひゅう制されながら実践が生み出され実施されていくが、完成されたノウハウを聴く側にとっては、豊かな実践の複雑な状況でのやりとりと、そこでの子どもたち学習過程は捨象される、という。なるほど、当事者とそれをトップダウン的に聴く側とでは異なることは理解できる。だからこそ、「実践の水準の談話に自らの言葉で翻案し、目の前の具体的実践と関連付けてとらえ語る事」が求められているという。

さて、これだけではないのだが、以上の点がグサリと突きささる内容であった。この点については真摯に受け止め、改善していかなければならない。

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基礎学力を問う 6章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247404898&sr=8-1

市川伸一の執筆。 「学力概念と指導・評価」

以前、書き込んだ「教えて考えさせるっ授業」のコンパクト版とも言える。ただ、この中でCOMPASSについて言及している点が興味深い。理解を分解し、それを点数化していくしくみだが、本来、こういったものは教師毎に対応して済んだはずなのでは?という思いがある。しかし、多様化と共に必要性が出て来たのかもしれない。このシステム云々ではなく、教師個々人がCOMPASS的視点を持つことこそが必要なのではないだろうか。

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基礎学力を問う 5章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247386695&sr=8-1

執筆は小川正人。 「学力政策を支える教師の労働実態と課題」

実はこの本の執筆者の中で小川正人氏だけは知らない。本を読んだことがない。ただ、執筆内容については興味深いものがあり、管理職も組合も意識しておかなければならないものであろう。

管理職にとっては都合の悪い内容である。札幌地裁と京都地裁による時間外勤務手当請求事件判決は管理職にとって都合の良い判例ではあるが、この前提をわきまえられると困ったことが起きる。

教育現場では、時間外労働は常態化している。部活動の練習時間コーディネートは顧問が行うが管理職は絡まない。これは自主的にやっていると判断されるが、当面部活動の目標なり、教育視点については要求されるので顧問は勤務時間内に終了させることは不可能だ。しかし、不可能な勤務が常態化している。

執筆者は調整手当ではなく、時間外勤務手当として改編すべきと述べるが、しかし、現場はそうはいかない。管理職がある程度の制限を加えれば、教育力は後退する。うむむ・・・解決の糸口はつかめないのだが・・・

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基礎学力を問う 4章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247379401&sr=8-1

苅谷剛彦の執筆。「学力調査と格差問題の時代変化」

この記事で特に印象深いのは1960年代の学力問題と2007年の学力問題を比較している点にある。

1960年代は建前にせよ、全国学力テストは、全国都道府県の学力格差を無くすことを視点に置き、学習環境を改善していく目的があり、そういった分析がなされている、ということである。しかしながら、現在の全国学力テストについては、そういった分析も未だなされず、何のために全国学力テストをやっているのか、主催者自身がわけがわからなくなっているのではないだろうか。明らかに都道府県を競争させるためにだけ、全国学力テストをやっているのが現実か!?

この原稿ではかなり説得力のあるデータが示されてしまっている。この認識に公立の教育者が立つかどうか。

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基礎学力を問う 3章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247379401&sr=8-1

恒吉僚子執筆。 「グローバル化社会における学力観」

おおまかには、東アジア(日本、中国、シンガポール、韓国)と欧州、アメリカという枠組みでの視点がある。勿論、欧米が正しいなんていう戦後の価値観を提案しているわけではないが、TIMSSで数学が1位となったシンガポールの底辺校が民族的マイノリティ(マレー人)が目立つこととは対照的に、アメリカでは人種的マイノリティの教育機会均等問題が中心的課題となっていることは、やはり求められる学力が異なっている。

これを執筆者は「教科準拠型」と「教科再構築型」に分類している。

  1. 教科準拠型:効率的にテストでの得点力を上げる合理性、進学塾的、「できるようになる」学力、知識やスキルの習得、勤勉さ、忍耐強さ、努力
  2. 教科再構築型:正しい答えに到達するよりも思考や理解するプロセス・獲得される内容、定説を覚えるよりも批判的に見る力、知識の受容よりも知識の創造、反省・自己評価、総合的な学ぶ力、協力する力、対人関係のネットワーク化・共同体の構築・自己解決能力、学ぶことに喜びを見出す、テーマを見出して論文が書ける、時間がかかる、身に付いたものがテストや数字で測定しにくい

結果的には、誰のための何を目指すのか、どのような学力に対して有効なのか、どのような目的のための学力か、どのような子どもにとっての学力なのかを明確にしなければならない。

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基礎学力を問う 2章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247322618&sr=8-1

金子元久氏の執筆。 「近代の学力像とその社会的基底」

彼の文章は難しい。「大学の教育力」を読んでいるからまだ、近い感じがして読めるが、そうでなければ、かな苦戦するものとも思われる。

ここで重要なのは2つの学力観を分類していることにある。それは教科型学力形成と対処型学力形成である。PISAや共同的な学び、探究、調べ学習などを一括して「対処型学力」と括った事はすっきりするのだが、その二項対立が日本の教育を2つに分断するのではないだろうか、という疑念も持つ。

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基礎学力を問う 1章

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247322618&sr=8-1

佐藤学氏の執筆。 「学力問題の構図と基礎学力の概念」

これまでも何冊も読んできていることもあり、凝縮された言葉でも理解できる。日本、そして世界の教育界で論議される「学力」。

新学習指導要領への鋭い指摘をしている。「高度知識社会への対応、多文化共生社会への対応、リスク社会・格差社会への対応、市民社会の成熟に向けての対応、という4つの対応が求められているが、実際には「高度知識社会への対応」しか言及していない。」という事実である。色々と綺麗事を並べるが、実際に政策を施行する段では、それしかやらないのだ。

しかし、そもそも「学力とは何か?」が定まっていないし、今後も定まらない。多様な立場の「学力」があるが故、どれが正しいとも言い切れないところに学力論争の難しさがある。PISAが絶対的学力でもなければ、読み書き算盤もちがう。全国的に、初等中等教育はバラバラの方向へ進みそうだ。PISAをやる学校もあれば、読み書き算盤だけやる学校もあり、すべてをやりきろうとする学校もある。

教育学者が検討すべき課題を佐藤氏はあげているが、しかし、教育実践者に求められるのは、社会の将来像へ想像力を働かせ、学び続けていくことのできる(基礎的な力に上積みする、新しい世界を理解する、そして「知りたい」という意欲)社会へ橋渡しをする教育を研究しなければならないのではないだろうか。

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2009年7月11日 (土)

基礎学力を問う プロローグ

http://www.amazon.co.jp/%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%86%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4130513168/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247322618&sr=8-1

6月末に「基礎学力を問うー21世紀日本の教育への展望」が出版された。

執筆者は教育学分野では著名(すぎる)人たち(金子元久、佐藤学、恒吉僚子、苅谷剛彦、小川正人、市川伸一、秋田喜代美)ということで発売と同時に購入した。

ただ、この本、内容がかなり濃い。デューイほど凝縮されているわけではないが、執筆者の背景も含めて言葉を一つひとつ咀嚼しつつ自分のものにしていかなければならない。

そういう意味で、一冊丸ごと感想をブログ化することはもったいないので、章毎にしていく。

プロローグは金子元久が執筆している。

「基礎学力を問う」ということで、これまでの日本の論議において「学力パニック」が生じたことから、社会的にもかなり長期的な学力の見通しを持つべき事が述べられている。

その通り、一定の到来する未来社会を見据えた学力観が必要だ。個人的には長期的にみると、やはり「多文化共生社会」であろうかと思われる。教科だけ、とか学校だけ、とか、生き残り策だけ、というような学力観は危険である。20年後40年後を見通した学力観が求められるのが今の時代だし、それを教育者のみが見ているのではなく、保護者と一緒に見ていくことが必要だと思う。

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愛をつたえた青い目の医者 ヘボン博士と日本の夜あけ

http://www.amazon.co.jp/%E6%84%9B%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%9F%E3%81%88%E3%81%9F%E9%9D%92%E3%81%84%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%8C%BB%E8%80%85%E2%80%95%E3%83%98%E3%83%9C%E3%83%B3%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%82%E3%81%91-PHP%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-5-%E7%A5%9E%E6%88%B8-%E6%B7%B3%E5%90%89/dp/4569587216/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247291791&sr=8-1

30年ほど前に出版され、今では絶版となっている小学生用ヘボンの伝記。小学生用なので漢字で書かれるべき所がひらがななので読みにくく、意外に読破するのに時間がかかった。

明治学院よりも、ローマ字と聖書・印刷というこの時代の困難さにアクセントがある。数少ない資料で出来上がった伝記なのだろう。大体のことは知っている事なので、発見などは正直なところない。

しかしヘボンを知るには手っ取り早い一冊。

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ジョーカー・ゲーム

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0-%E6%9F%B3-%E5%BA%83%E5%8F%B8/dp/4048738518/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1247283241&sr=8-1

久々の快作。かなり面白い。

ショートの寄せ集めだが、失敗は無い。特にジョーカー・ゲームというショートには脱帽。あえて言えば、最後のXXについては、事件の真相は誰にでも予想できるように思う。だから読み手としては、事件の真相よりも、なぜ気付かないのか?という点に焦点が絞られる。この常識にとらわれない視点のズレが面白い。

ちなみに2009年本屋大賞ノミネート3位の作品(1位は告白です)。

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2009年7月 5日 (日)

北の零年

http://www.kitano-zeronen.jp/

5年前の映画だが、開拓史ということであまり期待せず、前情報無しでレンタル。

時間は3時間弱。

見てから驚くキャスト陣。吉永小百合の映画だから、それは当然として、

渡辺謙・豊川悦司・柳葉敏郎・石田ゆり子・香川照之・吹越満・平田満・石原さとみ・鶴田真由・・・おまけに田中義剛。

一体全体どうしたの?って訊きたくなるけど、たぶん吉永小百合の鶴の一声で集まったのではないかとも思われる。製作費は15億円(たいていは10億くらい)。

内容だが、このキャストだから演技は抜群!とてもじゃないが、普通の映画ではあり得ない。脚本の甘さがある。前半はとてもいい感じで進むが、後半がキツイ!パタパタと時間軸の見えない中で進んでいく感じ。

でも、まあ、いいか。

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2009年7月 4日 (土)

歴史を読み解く

職場の歴史について語ることとなった。そもそも歴史とは何か?

検索すると、「現在と過去の対話」と出てくる。うーん、広すぎるような気がする。なんとなく、正解のようだが、しっくりこない。

ある人は車のバックミラーのようなもので、バックミラーがあって前に進む事ができるという。なるほど、と思う反面、しかし、歴史はバックミラーに映っているものは誰が見ても同じものではない。見ている主体が無いのだ。

歴史とは事実を連ねることではない。事実はいっぱいあるから。どの事実を組み合わせて、どういう意味を与えるか。それは私が与えなければならない。当然、そこにはバイアスが生じる。バイアスが生じるのを前提にして歴史をひも解く必要があるのではないだろうか。

文科省主導の歴史の教科書。バイアスが無いものを作ろうとするが、バイアスが無い歴史の教科書あり得ない。何でこの人が偉いの?何でこの事件が重要なの?そういったことは長期的に見たときに意味を与えているがゆえに判断できていることであって、ある時代をスライスして、その事件が重要だと認定はできるわけがない。バイアスは避けられない。

バイアス-いい意味で使われる事が極めて少ない可哀そうな言葉。でもいいじゃないか。バイアスがかかっていないことがいいことと、誰が決めた?「私の意見はバイアスがかかっています」と言って何が悪い?大いにバイアスのかかった「歴史の意味」を語り合えばいい。

語り合うことによってしか、バイアスは消えない。

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2009年7月 1日 (水)

牧師室の窓から

http://www.amazon.co.jp/%E7%89%A7%E5%B8%AB%E5%AE%A4%E3%81%AE%E7%AA%93%E3%81%8B%E3%82%89-%E5%B0%8F%E5%B3%B6-%E8%AA%A0%E5%BF%97/dp/4818406740/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1246455958&sr=8-1

自分の欠けを前面に出し、聖書のメッセージを染み込ませるように説く。そんなエッセイ。

よく、ここまで正直に書けたなぁ、と感心する。

でも、ここまで書いてくれたから、「ああ、こんなこと考えてたんだ」なんてことを思ったりして、共感したりする。それは今の私の立場がそうさせるのかもしれない。

こんな風に正直に、真実に自分と向き合って語ってくれれば、皆、赦すのに・・・そんな残念な思いもある。

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