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2009年5月31日 (日)

天使と悪魔

http://www.angel-demon.jp/

映画です。前回のダヴィンチコードも本を読んでからの鑑賞だったので、今回もその手順で観ましたが、がっかり・・・・。前回のまとめ方のほうが納得がいく。

時間としては3冊の文庫本が1冊にまとめられた感じ。間引きがひどい。なんで3時間で作らなかったのだろう?売れる見通しなかったのか?

ラストも大幅に変更してるし、2時間でまとめようとするから、トム・ハンクスが悩む時間が無い。なぜか瞬間的に謎を解いていくので、観ている人も解いている感じがしない。

さらにキリスト教的にはヴァチカンに気を遣った感がある。一つひとつのエピソードに触れない。原作のように容赦なくキリスト教の歴史を批判しない。一方で司祭が煙草を吸う場面を入れて司祭が俗的であることをアピールしているが、些細すぎて興醒めする。全体的に深さが無い。これがインパクトを変えてしまう。期待しすぎだったかもしれないが・・・。

キャストの使い方も問題あり。誰が主役かわからないような脚本。原作でかなり表立った動きをしていたアイエレット・ゾラーの存在感が薄い。

唯一良かったのは、ヴァチカン周辺の動画を観ることができたこと。HPもかなり凝ってます。立体感のあるサイトで、見応えがある。

前回、書き込み忘れたのだけれど、この「ローマ」「ヴァチカン」という設定は何か意図的に今流行りなのか?真保裕一の「アマルフィ」も同じような設定だったので、何かあるのかなぁ、何て思いました。

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2009年5月26日 (火)

ウエストサイド物語ー劇団四季

http://www.shiki.gr.jp/applause/wss/index.html

劇団四季のミュージカルだが、教員招待ということで厚生年金会館へ出向いた。劇団四季ということで期待したのだが、完全に期待外れ。

なぜ、ここまで落とせるのか?と疑問。劇団四季の看板が廃る。

まず、音響がおかしい。マイクなのかクチパクなのかわからないが、演劇やミュージカルにあるセリフの方向感覚が感じ取れない。横を向いたときと正面を向いたときと声の響き方は確実に違うはずなのだが、すべて同じ。音の強弱もない。それだけではない。重低音が無差別に響く・・・ウーン!音響効果と最初は思ったのだが、違う。確実にエラーです。そのウーン!が何度も起きてたから驚き!何なの?音響のプロが劇団四季にいるんじゃなくて?

次に舞台装置。劇団四季というくらいだから舞台装置はさぞすごいのだろう、などと期待していたのだが、完全に裏切られました。毎年学校で行う「芸術鑑賞」の札幌で活動する劇団と変わりありません。お金かけてません。それだけではない、暗転して舞台移動すると「ガガガガガガ・・・」何だ、あの移動音。暗転だけじゃない、演技している時にも裏で動かさなければならなかったようで、演技中にもガガガガガガ・・・・興醒めです。

さらに、衣装。なんで主人公がこんなに地味なの?というより最初の30分はだれが主人公だかさっぱりわからなかった。変な脇役が赤い服着て一番目立ったりしている。その人は殺されてしまうから、途中で出てこなくなるけれどもね。しかし、その主人公が明確な衣装でないので、誰が誰だか最後までわからないまま終わってしまった。最後にチノが突然、目立って出てくるのだが・・・「誰??????」となってしまった。

褒められるのは、歌とダンスが上手いこと、それだけです。脚本も良くはないと思う。

さらに全体の公演時間は3時間(長い!)。途中20分の休憩は入りましたが・・・ダンス、ダンス、ダンス、・・・・を見せられて3時間は厳しい。ストーリーにメリハリが無かったこともそう感じさせる原因だろう。

学校の芸術鑑賞に!というセールスだが、札幌公演初日ということもあろう、最悪の日だったが、初日にセールスする劇団四季のマーケティングもかなり低いレベルなのではないかと思う。ちなみに学校でやる場合、最低でも一人3150円。6000円、採算が合わなければ、一人6000円ということは十分あり得る。

そんなに出して価値があるとは思えない。もっと札幌の地に根ざして活動しているローカルな劇団で3000円出してあげた方がいい。

劇団四季、しっかりしなさい。公演初日という言い訳ができる看板ではない。

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天使と悪魔(上中下)

http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%A8%E6%82%AA%E9%AD%94-%E4%B8%8A-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3/dp/4042955010

ダヴィンチ・コードは2004年末くらいに読んで、2006年に映画を観た。その後この「天使と悪魔」が本屋の棚にならんでいたが、大して興味がわかなかった。

そして3年が経過し、映画化ということで大々的に宣伝される中で、「やっぱ読んでみようかな?」なんて思ってしまうのだ。しかも既に文庫本化してるから(とは言っても3冊だが)、ハードカバーの1冊分くらいで済んでしまい、リーズナブルなゆえに読んでしまった。

まず、このブログでお断りしなければならないのは、私がプロテスタントのキリスト者であり、数学と情報の教師であること。

以前もこのブログに記入したのだが、真理と真実とは異なると考えている。そこに葛藤を抱く人が多いので、こういう本を鵜呑みにしてしまう人がいるのだが、そういう人はかなり危険。今後、新興宗教にはまってしまいますので、気をつけましょうね。

この小説も「科学と宗教」がテーマになっている。日本という地ではキリスト教に偏見を持ってしまう小説なのだが、たぶんアメリカでは全く異なる読み方をするのだと思う。それもバイブルベルトが政界でもあれだけ強い中で、この小説はかなりのインパクトになるに違いない。それ自体、思想が原始的すぎる。構造主義的に観ていかなければならない。

さて、小説としての評価だが、とても面白い。私は科学と宗教に葛藤は無いので、読んでいて反感を感じるわけでもないし、はい、はい、そういう考えのキリスト者いますね、と共感しながら読んだりする。また、科学者についても、そうそう、なぜか理系である自分に固執して、宗教家があたかも科学的な考え方ができないような発想をする人いますね、たぶん、その理系人間は自分が理系という個性が無くなったら何もなくなるかだでしょうね、なんて思いながら読んでいた。

実は、最初から犯人が見え見えのような書き方をしている。これはいただけない。もう少し隠していただかないと・・・と思ったが、やっぱり最後まで読みました。

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2009年5月17日 (日)

アマルフィ

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3-%E7%9C%9F%E4%BF%9D-%E8%A3%95%E4%B8%80/dp/4594059384/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1242486072&sr=8-1

真保裕一の映画原作。真保裕一の小説はどちらかと言えば好きな方だ。サスペンス系が多いと思うが、サスペンスのプロットが好きなのではなく、その裏に流れる思想が好きなのだ。「奇跡の人」が特に良かった。

で、この作品だが、映画と小説のどっちが先なの?と言えば、真保裕一は小説、と答える。あくまでこれはノベライズではない・・・と。

しかし微妙だなぁ・・・と思わざる得ない。フジテレビから依頼されて書いて、それを映画化したというわけで、そこにはある程度、舞台もキャストも真保裕一の必要からではなく、フジテレビの必要から設定されているわけだから。

で、多少裏切られても、大きな駄作とはならないであろう、と思っていたのだが、「駄作」である。真保裕一の汚点となる。

具体的には、ミステリー調に犯人を隠して話を進めていくが、それがゆえにテロリストの執拗な執着が伝わってこない。そして、黒田の執着もよくわからん。文章の流れも無駄が多い。読み飛ばしながらでも内容は理解できそう。

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2009年5月11日 (月)

秘密の花園

http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E5%AF%86%E3%81%AE%E8%8A%B1%E5%9C%92-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%82%B8%E3%82%BD%E3%83%B3-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88/dp/4102105034/ref=sr_1_4?ie=UTF8&s=books&qid=1241972761&sr=8-4

1900年前後に書かれたバーネットの古典的小説。子供用の本にもなったりしているのでご存知の方も多いことだろう。いつ買ったかわからないが、本棚に「積読」となっていたので読み始めた。訳は良くない。不自然な訳が多いので、最近現代語訳がされた光文社を読んだほうが良いのだろう。

色々な解釈がありうるこの古典。私は特に最初の「奴隷に囲まれた生活」から「自然に入りこむ生活」へ移行したときのズレに着目した。

奴隷に囲まれた自己中心的な生活は長くは続かない。

女性が(女性に限ったことではないが、女性に多いという意味)若いときにまわりにチヤホヤされる(奴隷に囲まれた)状態からそうでない環境(自然)へスイッチする時間の流れに気づかない人がいる。独りの大人として扱われているわけだからフェミニズムの視点では環境は改善されているはずなのに、そう気づかない人が多い。

そのとき、変えてくれる人とどう向き合うか、それがその人の生き方を大きく左右してしまう。向き合い、時間の経過とともに「成長」を感じることができるとき、もう成長は誰にも止められない確かな歩みにあるのであろう。

はて、私はどうであろうか、成長し続けているのだろうか?そんなことを考えさせられた一冊。

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2009年5月 6日 (水)

スラムドック$ミリオネア

http://slumdog.gyao.jp/

話題のアカデミー賞8冠のインド映画。何かと話題が集中したムンバイだが、私はいつからボンベイからムンバイになったのか知らん。いつの間にかなっていたが、現地語の名称に基づいて変更したらしい。

さて、映画だが、とびっきり面白い。といってもメッセージ性を強く押し出しているわけではない。おとぎばなしとして面白いのだ。脚本も時系列をバラしたりした展開もよい。子どもの演技も不自然さは無い。

クイズ$ミリオネアはイギリス発の番組らしいが、日本で放映されているのと似ていることは覚悟していたが、効果音や音楽まで同じであることに驚いた。そのくらい変えればいいのに。あまりに馴染み深い音楽が流れるのでちょっと身近に感じすぎる。

その一方で、スラム街という生活実態には遠さを感じた。クイズを通して、ヒンドゥー教とイスラム教の宗教問題を扱ったり、子どもを誘拐して盲目にしてまでお金を稼がせたりする実態映像には目を背けたくなる。

但し、この映画は人間関係が狭すぎる。世界が狭いのだ。主人公の人間関係は兄とラティカしか存在しない。他の人間関係で心動かされることが無い。そこに単調さを感じてしまうのは私だけだろうか?

とびっきり面白いのは最後の最後まで続く。インドでは映画館のステージで映画放映最中にも皆が踊るらしいのだが、それだけに音楽は迫力がある。また、最後に出演者全員(?)で踊るシーンで閉じるのだが(ここは北野武の座頭市と同じ)、その映像・音楽共に見ごたえがある。

インドという異文化の映像の中に浸りながら楽しめる映画で、とびっきり面白いです。

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2009年5月 5日 (火)

グラン・トリノ

http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/mainsite/index.html

素晴らしい。「GWに何を観るか」はとても迷ったのだが、この映画が特に予想できないのでこの映画を観た。グラン・トリノというのがフォードの車であることも観るまで知らなかった。

一時期、映画を面白かろうが、面白くなかろうが、売れていようが、売れていないだろうが、公開している映画を全て観ていた時期があった(10年ほど前だが)。そのうちに、映画の予告編を観ただけで何を売りにした映画かは予想がつくようになってしまった。今は、かなり精選するようになって、ストーリーや売りとしていることが何かが見えないものを観ている。だからGOEMONなんかは恐らく脚本が貧しいだろうなぁ、とか、バーンアフターリーディングはメッセージ性は無く、コメディと言っても向こう(海外)の笑いであまり笑えないんだろうなぁ、とか(基本的に欧米のギャグは面白いと思わないし、字幕で観てもタイミングがズレてる)そんな評価になるので観ない。コメディは邦画のほうがいい。歴史については知っていても知らなくてもイメージを映像化してくれているので、関心のある歴史の映画は観るようにしている。

その中で、この映画は予告編を観ても何もわからない。観たことのある俳優はクリント・イーストウッドだけ。ボーっと観る映画なのかな、とは思ったが、GWだし、アメリカの生活をのんびりと感じる映画もいいかな、なんていう曖昧な動機で映画館へ。

ところが、この映画、様々なところに仕掛けがあり、仕掛けがありすぎて、巧妙だ。

まず、グラン・トリノは良きアメリカの象徴。それに対してトヨタやホンダの車がじゃんじゃん登場する。隣にアジア系が一家で住む。そして、若い神父(若いことが重要)と教会での連れ合いの葬儀。しかし、反発心もある-に対して、お隣のアジア一家は怪しいまじない師が登場し、主人公の心情を言い当てる(アメリカのキリスト教原理主義も崩壊)。孫がピアスのへそだしルックなのに減滅する中で、アジアの若者がまともに感じられてしまう(欧米文化の優位性崩壊)。明らかに今のアメリカを象徴する(アメリカ資本主義の崩壊)シチュエーションが出来上がる。

次に、イーストウッドの朝鮮戦争の過去と、現在の健康状態。そこは「生と死」のテーマとなる。

さらにあっと言わせる「結末」。この生と死のテーマに沿った脚本は大したことは無いのだと思う。むしろもっと練ってもらいたいと思うし、アジア系の演技が下手なのも目に付く。しかし、この最後の結末で全部チャラにしてしまうほどの「落とし」があることは度肝を抜く。

この結末は、観客をただ喜ばせようとするのであれば、スタンダードな結末で終わるのがいいのだろうが、モラルとか、倫理とか、そういう本筋で考えるならばこの結末が相応しい。死期の近い主人公という設定がこの結末を嫌味や当てつけにさせないところの布石も凄い。

こういった結末の持って行き方をハリウッドが嫌うのは、すなわち資本主義経済の闇の部分だと思うのだが、そういう意味でイーストウッドはこの映画で訴えているメッセージとしては筋が通っているといわざる得ない。

スカッとする映画ではないが、本来、映画はこういう筋の通ったものであるべきであろうと思う。

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2009年5月 4日 (月)

初乗り

kawazaki ZXRⅡ。3月に乗った時もあったが、最近はGWに入ることが多い。距離は50kmほど。長袖Tシャツに革ジャンだったのだが、北海道とは思えない暑さ。中央区は20℃くらいあったらしい。

とりあえず記録っと。

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教師花伝書-専門家として成長するために-

http://www.amazon.co.jp/%E6%95%99%E5%B8%AB%E8%8A%B1%E4%BC%9D%E6%9B%B8-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E5%AD%A6/dp/409837384X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1241426641&sr=8-1

久々の「佐藤学」。このブログで振り返ってみると、1年ぶりに読むこととなる。とはいっても共著の「科学する文化」を昨年のGWに読んだらしい。

学び合いーフィンランドー探究・・・と模索してきたこの2年、この本を読むのは頭を整理するのに良かった。改めて原点に戻された。

一応メモしておこう。

  1. モノ(世界づくり)・他者(仲間づくり)・自己(自分づくり)との対話
  2. 聴く・つなぐ・もどす
  3. 技能(スキル)と態(わざ)
  4. 授業は「技能(skill)」ではなく「技(craft)・技法(art)=創造的行為」
  5. 3つの関係「テキスト・他者・以前の思考」
  6. 4つ以上のステップは×
  7. 職人気質(クラフトマンシップ)-①生徒の尊厳②教材の可能性・発展性③自らの哲学
  8. 専門家=神の宣託(profess)を受けたもの
  9. 教師「①一般教養、②教科教養、③教職教養」をもった学びの専門家
  10. 知っていることの最大の証は教えることができることである(アリストテレス)
  11. 省察・熟考・判断
  12. 子どもに学び、教材に学び、同僚に学び、地域に学び、自らの経験から学び続ける
  13. 自分の言葉をつむぎだす
  14. 態は「三十四、五」歳で「盛りの極み」に達するが、それゆえ後の「慎み」が大切で、慎み深く「誠の花」を反芻し修練するならば「四十四、五」歳から「五十有余」歳になって心身が老衰しようとも「花は残る」。

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