学力とは何か?
久しぶりの教育関係書籍です。
さて、プロ教師の会・諏訪哲二の本だが、彼の本にしてはかなり地味なタイトルで目をひくものではない。いよいよ新書も変なタイトルつける時代も終わるのかな。そんなことを考えながら購入した。
教育関係の本は古典は別にして、こういう新書は最新刊で読むべきものであろうと思っている。2008年12月8日発刊の本だが、1年以内のタイミングで読まなければ情勢は変化しているので、なかなか読みにくくなる。自分の存在位置をタイムスリップさせて読む必要があるからだ。それだけ教育情勢の変化は「激変」といってもいいくらい、急激な変化を呈している。教育基本法が変えられ、教員免許更新制や学校評価制度、学校選択制や先日発表された高等学校の教育指導要領など、制度的にこれらが複雑に絡まり合った中で、世界経済の落ち込みと格差社会という背景が組み合わさって日本の教育はどこへ向かうのか皆目見当がつかない。しかし、未来を予測するために読んでいるのではなく、本来的な「私」が目指す教育を見失わないようにしなければ、私自身がぶれてしまうような気がする。そういう動機で教育関係の書籍を読んでいることは断っておきたい。
さて、この本だが、おおよそ、共感するところが多い。しかし、上げ足とりな批判とも思える記述もあり全面的に受け入れとはいかない。また、露骨な教育現場の記述があるが、本当にこんなこと書いていいのか?と思わされる。彼の職場の視点も正確なのかどうかはよくわからないから。
一応、覚書を残しておく。
- 知識の集積としての学力
- マキシマム・エッセンシャル(進学教育)とミニマム・エッセンシャル(市民形成)
- ミニマムからマキシマムへつなげることのできる力
- 共同体的と契約社会的なもの
- 社会化と個性化
- 人間は学力だけではないという正論
- 学ぶことは人の本能ではない
- 教師は教師の知的・人格的卓越性の上野あるのではなく、教師という社会地位にある
- 学校は、一人前として扱うところではなく、一人前にするところ
- 公的領域と私的領域と公共領域
- 正しいものは一つ?ではない
- 社会はグローバル化されるものではない
- わからないことを抱え込み続ける、という学力
- 真理や科学、みんなの幸福とどうつながっているのか=精神的な喜び、真理への接近、世界を知ること
- 斉藤孝批判
- 尾木直樹批判
- 福田誠司批判
- 藤原和博評価
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